----------- 『出逢い編−6−』 ---------- フランは走っていた。 「お母様・・・・ジャン・・・兄さん・・・・」 ―――ハァハァハァハァハァハァ・・・・・・ ―――ハァハァハァハァハァハァ・・・・・・ ―――ハァハァハァハァハァハァ・・・・・・ 無我夢中で闇へと溶け込んで行くフラン。 息をするのも忘れるほど走って走って、流れる涙をそのままに何処までも走っていた。 ―――ハァハァハァハァハァハァ・・・・・・ ―――ハァハァハァハァハァハァ・・・・・・ ―――ハァハァハァハァハァハァ・・・・・・ 気が付けば、何かあると必ずやってくる例の秘密の小道を走り抜けていた。 そこまで来ると安心したのか、即座にフランの足は崩れ落ちてしまった。 座り込んだその場所には、あの茶色の髪をした雄花の精の眠る蕾が、そよぐ風に揺らいでいる。 幾分躊躇いはあったが、背伸びをしてあの時と同じように花びらを一枚捲った。 「遅くにごめんなさい、お邪魔させて?」 闇の降り懸かるこんな時間に起きているとも思えなかったが、行く当てもなく心細かったフランは 初めて逢ったにも関わらず、安心感を覚えた若者の元へ身を寄せるくらいしか思い付かなかった。 当たり前と言っては当たり前に返事はない。 眠っている茶色の髪の妖精の、あの優しい瞳が思い出された。開かれぬ瞳・・・。 濃紺の闇の中、目を凝らしてよく見れば、彼は肩で息をしているようで、 辛そうに時より顔を顰めていた。 あの時、自分を介抱してくれた事を思い浮かべ、 哀しみも苦しみも忘れ去りたい一心に茶色の髪の妖精を看続けた。 ―――そして朝が訪れた。 「おはよう。よく寝ていたね、お姫様」 眠り姫が目を覚ますまでずっと側に付いていた茶色の瞳の妖精は、 彼の持って産まれた最高の能力の笑顔を出し惜しみ無く、 一晩中泣きじゃくっていたと見える真っ赤な目をしたフランに注いでいた。 「あ、あの・・・ごめんなさい。勝手に・・・」 申し訳なさそうに小さく畏まるフランに笑顔も大きく応えた。 「お礼を言うのは僕の方なのに。ありがとう、君だよね?ずっと僕の看病してくれたのは」 「ええ・・・その・・・ごめんなさい」 「なんで謝るの?」 その問いに答える間もなく蒼い瞳からは光る雫がぽろぽろと溢れてきた。 突然の彼女の涙に一瞬は戸惑ったものの、何か訳があるのだろうと何も言わずに見つめ包んだ。 茶色の瞳は、色こそ違うが優しく包み込むようなそれは兄、ジャンの物と似ている。 そんな思いでフランの涙が少し落ち着いてきた頃、茶色の瞳の妖精が口を開いた。 「何か訳がありそうだね?時々そこの泉に来ていたでしょ?」 「・・・知っていたの?」 涙を手で拭いながら、顔は俯き上目遣いで、優しい眼差しの妖精を見やった。 「うん、なんだかいつも寂しそうで、声を掛けたら壊れてしまいそうだった・・・」 その言葉を聞き、一呼吸置いてからゆっくりとフランの唇が動いた。 「わたし、逃げてきたの。それで・・・わたしの兄はこの地を出て行って、母は・・・母は・・・」 再び涙が込み上げてきたのだろうと察して、‘もういいよ’という素振りでフランの頭を撫でた。 「逃げてきたって、それは何で?」 「もうすぐ・・・結婚させられるの、わたし・・・」 混乱気味のジョーは少し難しい顔をしながら頷いていた。 「後でゆっくり話してよ。今は休んだ方が良さそうだね?とても疲れてるみたいだ」 身を強張らせながら話す彼女の顔色があまり良い状態とは思えなく、 茶色の瞳の妖精はそう言って立ち上がった。 「あの・・・・」 「ん?どうしたの?」 「いえ・・・何でもないわ・・・。ありがとう」 「うん。気にしないでよ。僕だって君に助けて貰っちゃったんだから」 元気になったという事とを、拳を軽く握り腕を上げて表現して見せる妖精の笑顔は眩しかった。 少しの陰りも感じられない、素直な優しい茶色の瞳。 その言葉に甘えてもう少し休む事にしたが、やはり眠りに就く事は出来なかった。 目を閉じると哀しい出来事が後から後から思い出されて胸を押し付けてくる。 しばらくしてから、「寝付けないの?」と茶色の優しい瞳が訊ねてきて、それに対してこくんと頷いた。 「あ、そうだ。まだ名前を聞いてなかったね。僕はジョー、宜しく」 差し出されたジョーの手は大きくて、すらりとした長い指だった。 「わたしはフラン」 その手に白魚のような手を差し伸べて、小さな笑みを浮かべた。 「やっと笑ったね」 小首を傾げて茶色の前髪をさらりと風に乗せ、その髪の流れを目で追うフラン。 「来てる・・・」 そう言ってジョーは辺りを見回すと、その仕草にジョーの背中に隠れ身体を震わせた。 そんなフランに違う違うと顔の前で手を振って見せて言った。 「出ておいでよ、イワン」 「バレタカ」 「趣味悪いよ?立ち聞きは」 「エ、デモ カクレテイタワケジャナイシ・・」 それもそうだ、見えないだけだ。それを納得するや否や、ジョーは嬉しそうにイワンに頼み込んだ。 「丁度いいや。お願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?イワン」 「ナンダイ?デキルコトナラ ベツニイイケド」 「うん、あのね・・・」 |
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