----------- 『出逢い編−5−』 ---------- 春が訪れたばかりの泉の水温は、お世辞にも気持ちいいとは言えなかったが、 それでも濡れ序でだと言って、ジョーは躊躇いもせずに泉の底に光る物の正体を探るべく潜っていった。 魚のように器用に泳ぐ彼は、ただの花の精にしておくには勿体ないように見える。 ジョーの潜って行った後を、美しく波紋が広がっていった。 程良くして、ジョーが水面へと向かって上がってきた。 風の精イワンは、随分長い間息を止めていられるのだなあ、と感心するが先に、 ジョーが手にしている、というより、それを抱きかかえていると言った方が正しいが、 その光る物の正体に目が留まる。 「ナンダイ ソレハ?」 「う〜ん・・・硝子の破片?だよね」 「・・・・・・・・」 「人間が捨てていったに違いないね」 「・・・・・・・・」 人間からしてみれば小さな粒ほどの大きさの硝子の破片ではあるが、 小さな花の妖精にはそれはそれは大きな硝子の柱。 何も言葉が見つからない風の精に、綻ぶ笑顔で応えた。 「でも、なんだか綺麗じゃない?」 全くこの若者は不思議なヤツだ。こんな物のために冷たい泉の奥底まで泳いで行くのだから・・・。 そんな思いが風の精のイワンの胸の内だった。 何の変哲もない単なる硝子 硝子の破片を、まるで宝でも発見してきたように 誇らしげな顔をする若者を誰が咎められよう・・・。 半ば諦めというか、呆れというか、表現しがたい思いがイワンの脳裏に焼き付いた。 「へっくしゅっっっ!」 「ハヤク アガッテ キナヨ」 びしょ濡れの花の妖精を引き上げると、早く服を乾かすと良い、そう言って風の精は消えていった。 「へっくしゅっ!一体何の用だったんだろう??」 大切そうに硝子の破片を抱えて、それを自分の服の裾で磨き始めた。 その度に光の角度を変えて輝く、自分の背丈と変わらぬ大きさの破片を眺めている。 徐々に冷えてゆく身体の事も気にせずに・・・。 その夜の事だった。案の定、高熱を出して魘されている雄花の精ジョー。 苦しいながらも何とか眠りに就いているという状態であった。 夜も更けきった頃だろうか?微かではあるが物音が聞こえ、 朦朧とする意識の中で人影が自分の周りで忙しなく動いていたような気がした。 甘い香りがジョーの鼻を擽り、その香りに恍惚(こうこつ)としてまた眠りに付いた。 翌朝、目を覚ますと頭が軽い。昨夜の状態では、頭は割れるように鈍い痛みを起こしていたのだが。 一晩眠っただけで熱も引いているようだ。 花はまだ閉じていたため、その中で目を覚ましたジョーは薄暗い蕾の中で「うん」と伸びをした。 「????」何故か狭く感じる蕾の室内。 いつものように伸びをすれば、足先にも手先にも何も触れる事が無いはず。 ふと横を見ると、何処かで見覚えのある柔らかな長い髪が横たわっていた。 その髪の持ち主の顔は自らの髪で覆い被さっていた為、そっとそれを退けてみた。 それは可愛らしい寝息を立てて眠る天使のような顔の少女であった。 頭には花と葉で出来た冠を乗せて・・・。 眠り姫の閉じられた瞼から一筋の光が零れたのに気付き、自分の指でそっと拭ってやり、 ジョーはその愛らしい眠り姫を起こさぬよう、ずっと見守っていた。 ―――月も星も顔を出さぬ濃紺の闇の訪れた今宵。 スカールに背く事もなく、陽が昇りまた陽が沈み、ただそれだけの毎日を淡々と過ごすフランの姿に見兼たジャンは、 同じに闇の色を染めた花の精らしからぬ衣を纏って、フランの元へと忍び、 その日の監視の者の口を封じて、そしてフランにこう告げたのだった。 「俺はこの地を出る。良いか・・・?必ず助けに来る。それまで何処かに身を潜めているんだ」 「ジャン兄さん!?」 不安な気持ちに押し潰されそうな表情をしたフランは、久振りに顔を見たジャンに涙ながらに抱きついた。 「何を言っているの!?こんな事をしたら・・・スカールに・・・」 「しっっ!」 フランの慌てる口調に、辺りを見渡しながら人差し指を彼女の唇に当て、声を止めた。 「お母様はどうしていらっしゃるの?」 「母さんは・・・・・・」 無言に目を伏せたジャンの表情に、言葉無くとも母の状態は読みとれた。 「・・・・・・・うううう・・・・・」 声を殺して泣く事にももう慣れてしまったのか、顔を塞ぎ込んで跪いた。 フランの視線に合わせるように座り込んで肩を抱くと、ジャンがきつく言い放つ。 「今のうちだ、行くんだフラン」 「ダメよ・・・だって、ジャン兄さん・・・・」 「このままここにいても危険だ。俺はスカールの手下を殺めてしまった。もう遅い。 だから行くんだ。風の精が教えてくれた。お前には味方がいる。逃げるんだ早く!!」 潤む涙を拭う暇もなく、行けと強く背中を押す手に別れを告げて、行く先も分からずに走り出した。 共に連れて行きたかったが、この地の外れにはスカールの手下が彼方此方に目を光らせていた。 その為危険が多過ぎる。今までも脱出を試みて何度となく下見をしてきた結果であった。 ジャンは涙を飲んで愛しい妹の姿が消えるまで見送った。 |
<< Back Next >> |