<< Back   Next >>

+++ ある春の物語---第一章 +++

----------- 『出逢い編−4−』 ----------



フランが朝帰りしたその日、スカールは酷く怒りに震え、その日の晩より、
フランの行動に始終監視を付けるようになった。
身内の者でさえ逢う事を許されない拘束された時間、大好きな花畑に花を摘みに行く時にでも、
お付きの者が数名フランを取り囲んでいた。
そんな息苦しい毎日に不満一つ漏らさず笑顔を絶やさぬ姿に、ジャンも母も涙を浮かべぬ時はなかった。

そんな時、フランの母が倒れたのだった。
その知らせを伝えたのは風の精イワン。風の便りとはまさにこの事である。
元々体の強い方ではなかった彼女は、時より床に伏せる事も多々あった。
フランはそんな母の身を案じてならなかったが、この拘束された状態では抜け出す事も出来ずに、
気の滅入る思いで毎日を過ごしていた。
母の様態を気にしたとて、時よりフランを心配して訪れる風の精しか答えてくれる者は居ない。
イワンは床に伏しているフランの母の元をさらさらと流れ現れては、
側で母の手を握って頭を垂れているジャンにフランの状況を告げている。
母の様態が良くなる事を祈り続けるフランに、母の支えとなって側で言葉を掛けるジャン。
イワンは、この兄妹の姿を哀れに思えて仕方なかった。
だが、彼らの祈りは泡のように消え始めていた。
遠い旅路への身支度でもしているのだろうか、母親の意識は一向に戻る事はなかった。

風の精イワンが、茶色の髪と茶色の瞳を持つ雄花の精の元へ向かったのは、
それから暫くしての事だった。
風の精は時より強く吹き付けて、春の嵐を巻き起こしていた。
それも風の精の立派な仕事。忙しなく彼方から此方へ、此方から彼方へと吹き抜けていた。
仕事も終わり、例の雄花の精の元へ辿り着いた。
茶色の髪と茶色の瞳を持つ雄花の精は、この間出逢った場所とは全く逆の泉の畔に座り込んで、
何やら泉の底を覗き込んでいるところだった。
大きな大きな泉の反対側まで行くには、小さな花の精にはかなりの日数を要したに違いない。
彼は冒険心旺盛なやんちゃな妖精のようであるのは、その時イワンには直ぐに感じ取れた。

「ヤア、ソコノ ヨウセイ君」
「ん?」
声の方をきょろきょろと見回すが誰も居なかった。
「ココダヨ、ココ」
「え?何処?誰?」
立ち上がって目を見張っている。長めの前髪からは片方の茶色い瞳しか見受けられないが、
確かにその瞳は声の主を捜していた。
悪戯するように風の精イワンが、顔に掛かる前髪をふわりと浮かせた。
やはり顔を顕わにしても、そのあどけなさは増すばかり。
突然吹いてきた風に、一瞬顔をしかめた茶色の瞳の若い妖精は、直ぐさま言った。
「風だな!こらぁ」
と、ちっとも怒っていない声で吹き浮かされた前髪を整えている。
「ナニヲ シテルンダイ?コンナ所デ」
「あのね、この泉の底の方に何か光る物があってさ。何かなって思っていたんだ」
「ソコ?」
「うん、何だと思う?」
「サァ?」
「もう少し向こうまでいけたら、もっとはっきり見えるかも知れないんだけど。
 木の葉で船を造ったらいいかなって思ってるんだ」
そう言ってまた泉の底を覗き込んでいる。
彼の隣には船の材料にするつもりだったのだろう、木の葉が山積みになっていた。
普通の妖精なら、そんな物見向きもしない僅かな変化も、彼には特別のようだ。
「トコロデ、ヨウセイ君」
「ねぇ、その‘妖精君’ってやめてよ。君だって風の妖精だろ?」
視線は微動だもせず、気になって仕方のない光る物の正体を突き止めるべく覗き込む仕草を止めようとしない。
「ソンナニ 気ニナルナラ、魚ニデモ 見テキテッテ頼メバ イインジャナイカ?」
「ん〜。でも、それだと冒険にはならないだろ?」
何とも惚けた答えを返してくる茶色の瞳の花の妖精。
「ナンナラ ボクガ 先マデ ツレテイコウカ?」
「え?良いの!?」
嬉しそうにくるっと振り返るが相手は見えるはずがなかった。
「コッチニ イルンダケド?ヨウセイ君」
全く逆の方を見入っている花の精を笑い飛ばした風の精イワンが言った。
「妖精君はよせってば。僕の名前はジョー。君は?」
「イワン ダ」
「じゃ、頼むよイワン」
「OK!」

花粉を運ぶのと同じ要領で軽々と雄花の精ジョーを乗せると、
宙に浮いたジョーは嬉しそうに辺りを見渡していた。
「わぁ、凄いね凄いね、綺麗だね〜」
感嘆の声を上げ、色採り取りの花々の咲き乱れる泉の周りが大きな花輪のようで、
ジョーはその景色に目を輝かせていた。まるで幼い子供のように。
「この間逢った、あの娘(こ)にも見せてあげたいな」
何気なく発する言葉にどんな意味合いがあるのかなんて全く分からず、
言われた当の本人が聞いたら、またびっくりして気を失い兼ねない誤解を招く言葉だった。
「ソノ娘ノコトナンダケド」
「え〜?なになに〜?」
景色に見取れ、あまり感情の隠っていない返事に、少々呆れた声でイワンは言った。
「キミ、ジョセイニ キョウミアル?」
その問いにびっくりして思わず風の精イワンから落ちそうになってしがみついた。
「粋なり何言ってるの!?」
これまた純朴なジョーの表情は見る見るうちに赤らんでいき、耳まで赤みを差していた。
「コリャ ダメソウカナ?」
呟くように言ったイワンの言葉を耳にして口を尖らせて言った。
「何それ、どういう意味だよぉ」

丁度光る物体の見える位置に差し掛かり、水面を触れるぎりぎりまでに高度を下げて貰うと、
じっと泉の底に光るそれを探した。
「あれ?見えないな。おかしいな〜」
身を乗り出す。
「アレガ ソウナンジャナイカナ?」
「え?どれ?」
更に身を乗り出す。
「アレダヨ アレ」
「え?え?え?」
更に更に身を乗り出す。
ジャボン!!!!
「アハハハハハハハハ」
泉から顔を出して口から水をぴゅーっと吐き出し、濡れた頭を振るって怒鳴っている。
「非道いじゃないかー!!」
「ゴメンゴメン 今タスケルヨ」
びしょ濡れになった花の妖精に向かって、イワンは一言贈った。
「水モシタタル ナントカダヨ」
ぷいっと背ける姿は拗ねた時のフランのそれを思わせるような表情だった。



<< Back   Next >>
<< Menu >>