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+++ ある春の物語---第一章 +++

----------- 『出逢い編−3−』 ----------



「あ。目が覚めた?」
むくりと起き上がって辺りを見ると、見覚えのある風景。
湿った木の葉が額から膝元にぽとりと落ちた。
「・・・?」
その葉を拾い上げて不思議そうに見入っているフランに、茶色い髪の雄花の精が近付いてきた。
「びっくりしたよ。君、粋なり倒れちゃうんだもん」
どうやら木の葉を濡らして額にあてがっていていてくれたらしい。
「・・・・・・」
目をぱちくりさせているフランに、泉で汲んできたばかりの水の入った木の葉を差し出した。
「あ・・・りがとう・・・」
茶色い髪の雄花の精が勧めてくれた水は、とても甘く感じられフランの喉をゆっくりと潤した。
「ご馳走様」
茶色い髪の雄花の精は、水滴の残る木の葉を受け取ると、
葉を振って水滴を払い、何やら小細工してひょいと飛ばせて見せた。
小細工された木の葉は風に乗りゆらゆらと宙を遊んで随分先の方でひらりと地に舞った。
紙飛行機ならぬ、木の葉飛行機か。
その何気ない素振りで‘自然’と戯れる彼の姿に、再び頬が赤らんでいるのが自分でも分かっていた。
それに気付いていたとて、どうする事もできないのだが・・・。

「あれ?熱でも出てきたかな?」
不意に額に手を当てられて更に頬が熱くなり、咄嗟に茶色の髪の雄花の精の手を払い除けてしまった。
「ごめん・・・」
陽に透けた茶色の前髪の振り掛かるあどけない顔で、誤り直る何とも言えぬその表情の情けない事。
その姿にフランは申し訳なくなって、頭を深く下げた。
「あの・・・ありがとう。助けてくれて」
「うん。でも、本当に大丈夫?丸一日眠っていたから。なんだか顔色も良くないし・・・」
この数日間、スカールとの挙式の事を考えると眠れるはずもなく、
ここにきて久しく感じられなかった‘安心感’を覚えたのか心地よく眠ってしまったのだ。
「え?丸一日!?」
「うん、そうだよ?」
フランは驚きを隠せずに、口を半開きにして硬直し掛かっていた。
気を失ったままとは言え、見ず知らずの男性と一晩共に過ごしたなんて。
茶色の髪の雄花の精は頬を染める美しき雌花の精が、
‘丸一日眠りに付いていてしまった’という事に驚いているのかと思い、
気休めではあるが彼なりの気の利いた言葉を掛けた、つもりだった。
「よく眠っていたよ。まるで、お姫様みたいだった」
「え・・・?」
両手で頬を覆い隠して、少し口元に笑みを浮かべて恥ずかしそうにフランは俯いた。

陽も昇り、暖かくなった穏やかな風が流れて、二人を取り囲んでいる。
少しの沈黙の後、フランは立ち上がり、茶色の髪と茶色の瞳を持つ花の精に、
改めてお礼を言ってその場を後にした。
暖かな風はフランにまとわりつくように後を付いて行く。
「フラン、フラン」
何処からともなく自分を呼ぶ声がした。
それに対して当たり前のように応えるフラン。
「なぁに?イワン」
もちろん彼女の周りには人影はない。けれどそのまま話しを続けるフラン。
「もうっ、見ていたのね!イワンったら」
少し拗ねたフランはまた頬に赤味を差して口を尖らせて言った。

「コノママ カエルノカイ?」
「何故そんな事を聞くの?」
ずんずん歩き続けるフランは余所見をする事もなく、淡々と話をしている。
「ダッテ 助ケテモラッタノニ 名前モキイテナイデショ?」
スピードを上げて歩いていた足取りはぴたっと止まった。
「そ、そうだったわね!どうしましょ」
後ろを振り返るが、もう彼のいた場所をかなり過ぎていたし、ここで戻ってもなんと言って良い物か、
その言葉すら浮かばなかった。
第一、遅くなってはみんなが心配する。
ましてや一晩空けているなんて知ったらどんなに騒がれる事か。
誰にも気付かれずに、そっと帰って「わたしは花を摘んでいたのよ」
等と言って誤魔化そうと、もう言い訳の代物も揃えていた。
その時、スカールの低い声が響き渡った。
「何処へ行っていたんだ、この不良娘が!」
その声に風の精イワンの囁きも途絶えた。

―――あの小道での出来事は誰にも言わないでおこう。
フランは秘密の鍵をしっかり心に掛けた。



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