----------- 『出逢い編−2−』 ---------- フランを連れ去った野太い声の持ち主の雄花の精は、 ‘花の精’と言うには懸け離れた形(なり)をしている。 同種族の雄花の精達より並外れた一際目立つ大きな体、目の鋭さ、腕の立つ剣裁き。 その為、戦いとは縁も遠い、平穏を愛する花の精達に権力を奮い立たせていた。 彼らの生息するこの地は、最北端に岩肌のさらけ出された大きな山がそびえ立ち、 そこから豊かな水で創られた河が南に緩やかに流れ、 その河を中心にこの地のやや中央辺りには緑の茂る豊かな森、 それを幾分南方へ向かった所に広々とした平原。 東側には北の山から続く深い谷を創っていた。 風や降り流れる雨などによって、彼らの生息地は毎年其処此処に場所を変えてはいたが、 今年の彼らの目覚めた場所は西の方角であった。 そこには大きな大きな鏡のような泉があり、その泉を囲むように小さな森が広がっていた。 その側にフラン達のような様々な種族の花々も咲き乱れている。 空の色を映し出した透き通る青き泉を取り囲む小さな森を支配していると思われる 権力のある雄花の精は、その名をスカールと呼ばれていた。 スカールの権力に魅せられた雌花の精も少なくはなかったが、 何人(なんぴと)たりとも靡かないフランに目を付けた彼は、 フランの母にその旨を伝え、フランを今年の春が終える前に物にする事になっていた。 あれだけの器量を要した花の精は見た事もない、誰もが敢えて口には出さなくとも分かっていた。 もちろんフランに言い寄る雄花の精は、年々数を増すばかりであったが、 その者達を制して権力だけで、フランを射止めたスカールは鼻高々であろう。 「早く式を挙げよう。それも盛大にだ!この地に命を預ける者達全てから祝福される事だろう」 高笑いするスカールの声にフランは眉を潜め母の方を見やった。 フランの母はどちらにしても心配で仕方のない様子。 まだ少女のような娘をこんなにも早く送り出すなんて、夢にも思わなかったであろうから。 かと言って、スカールの申し出を断ると言う事とは、どう言う事になるのか・・・。 そんな事は考える必要もなく、分かり切っていた。 兄、ジャンはその様子を遠巻きに目にしているだけでしかない。 「フラン・・・」 美しき妹の寂しげな姿から目を背き、苦悩の思いを過ぎらせるしか他ならない無力な自分を嘆いていた。 ある日、早朝の陽の光が夜露を避けるように蕾んだ花びらの隙間から差し込み、 蕾の中で眠っていたフランはその僅かな明るさに目を覚まして、一人薄暗い泉の畔に佇んでいた。 何か悩み事があると、こっそり抜け出しては秘密の小道を通ってこの泉にやって来ていたのだ。 風がそよいで波立つ泉に映し出される歪んだ自分の姿は、 まるでフランの気持ちその物のような姿をしていた。 「何も哀しくないわ・・・何も。わたしが成り行きに身を任せてさえいれば、 悲しむ者も居ないわ。お母様・・・ジャン兄さん・・・」 自分に言い聞かせるように呟いたフランは、 顔を両手で覆い、肩を震わせて声を殺して泣いていた。 時は誰にも止められないフランの未来に向けて、刻々と刻んでゆくしかなかった。 泉を背に、自らの場所に戻ろうと文字通り足を運ぶように歩くフランは、ふとその足を止めた。 春も要約暖かくなり始め、どの種族の花々も殆どが目を覚ましているはず。 だのに、まだ目の覚めぬ一輪の同種族の物と思われる花の蕾を見つけた。 普段フランが包まれている白色の花弁とは、形は同じであれど色が僅かに違い、 その花は淡い桃色に見えた。 色々な種族の花があって当たり前と解釈した訳でも、 朝陽に照らされて、色を染めているのだろうと解釈した訳でも無かろう彼女は、 その事に大きな疑問を抱くわけでもなく、閉じられた花の主を案じたのだ。 「まぁ、どうしたのかしら?」 まだ眠っているのであろう花の妖精を起こさぬように、そっと近付いて、 辺りの葉を足場に、つま先を立てて覗き込むように花びらを一枚捲ってみた。 「!!!」 突然声も出さずに肩をびくりとさせて驚き、蕾から少々距離を置いてその頬を真っ赤に染めていた。 先程まで涙に濡れていた蒼き瞳は見てはいけない物を見てしまったかのような、 或いは、今までに見た事もないと言うような新たな発見をしたかのように、 驚き戸惑っていた。 「な・・・何ていう事なの!?」 高鳴る胸が息を苦しくさせている。 息を切らせて走っていたわけでもないのに、呼吸が乱れる。 紅潮した頬を冷まそうと、両手でぱたぱたと煽っている。 それとは逆に鼓動は増すばかり。 もちろんその場は朝の静けさだけがあるのだが、フランの周囲は音無き慌ただしさで乱れきっていた。 「まず、落ち着きましょう」 そんな独り言を漏らし大きく深呼吸をして、顔を引き締め再び怖い物見たさに蕾へと近付いた。 花びらを捲ろうとそっと手を伸ばすが、緊張のあまり手が震える。 花びらまで後少しの所で手を握って、震えを止める。 また先程よりも小さめの深呼吸をして、再度花びらに手を掛けた。 大きな蒼い瞳を花びらの隙間へと近付けて、蕾の中で眠っている者に神経を集中させる。 薄暗い陽の光に僅かに色彩を感じさせ、茶色の髪の若者はすやすやと寝息を立てていた。 「まだ少年かしら?」 あどけない寝顔でいる茶色の髪の雄花の精は、そんなフランの様子など気付きもせず、 ぐっすりと眠り耽っていた。 フランの鼓動は相も変わらず早打ちで、つま先立ちで覗いている足が段々と痺れてきた。 その状態に限界が達したのか、勢いを付けてしまい、そのまま蕾に倒れかかった。 「きゃ!」 「大丈夫、君?」 寝惚けた顔の茶色の髪をした花の精は、その瞳もやはり茶色かった。 兎にも角にもそのあどけない表情の雄花の精の顔が、目の前にある事に焦りを隠せないフラン。 今にも気を失いそうな状態で、口をぱくぱくさせて慌てていた。 「ごっ、ごっ、ごめんなさい!」 気が付けばフランはその雄花の精の腕の中に居たのだった。 そっと自分が眠っていた花の上に招き入れてくれて、にこりと微笑んだ。 「うん、いいよ」 まだ太陽は出切ってもいないのに眩しすぎる光、目の前の雄花の精の笑顔に目眩を起こし 気の遠くなるのを感じた。 |
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