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+++ ある春の物語---第一章 +++

出逢い―――それは偶然に過ぎない 奇跡的な事。
出逢い―――時に、それは運命を大きく変える事がある。



----------- 『出逢い編−1−』 ----------



――――春。
まだ僅かに肌寒さを感じさせる初春の風が流れ、日差しも優しすぎるくらい穏やかな陽光。
辺りの緑が春の香りに気付き始め、顔を覗かせている。
小鳥達が楽しげに歌いながら、羽を優雅に舞い奏で、
その舞う姿を嬉しそうに見つめるある野花の精がいた。

彼女の名は雌花の精フラン。
春の光に輝く髪は腰程までに伸びた金色に程近い亜麻色。
頭には彼女を花のプリンセスと思わせるような、
透明掛かった白色の花と、鮮やかな緑を強調する葉を組み合わせて、
編み込んで作った冠を乗せている。
瞳は空を映し出したかのような鮮やかな蒼色をして、陽の光を浴びて輝いている。
彼女はほんのり色づいた艶やかな唇で、口元に笑みを浮かべて、僅かに開き、
優しい音色のような甘い声で囁いた。
「小鳥さん、今年も宜しくね・・・」
それに応えるように小鳥達は一層声を明るくさせて囀った。

舞い奏でていた小鳥達がその場を去ると、
目覚めたばかりでまだ眠たげな蒼色の目を擦って、少し俯く。
先程まで春が来た事に喜びが溢れ出すような瞳とは違い、少々憂いに感じる。
やって来たばかりの春に、何やら寂しげに見えるフランの姿は、何故かそこだけ冬を感じさせるような
不自然な空気が流れているようだ。
春・・・それは新しい生命の誕生も意味している。
だがその事で彼女は追いつめられる事になるなんて思いも寄らなかった。
「誰かわたしをさらって・・・」
ぽつりと呟いて目を伏せた。

「その願い、聞いてやろうか?」
その声にはっとして顔を上げると、フランより背の高い青草に足を組んで座り込む若いミツバチが、
口元を歪めながら覗き込んでいた。
その形(なり)は燃え上がる炎のような赤毛で、彼もまた空を溶かし込んだような青い目をしていた。
「あなたは誰?」
訝しげに目を見張るフランの元へ葉を伝い滑り降りてくると、親指を立てそれを自分に向けて
「俺か?」と笑みを零した。
突然の訪問者に身体を強張らせるフランの顔に、ぐいっと近付き、ぷっと笑う。
「あははは。別に取って食いはしないぜ。俺は見ての通りミツバチさ!」
片目を軽く瞑りウィンクして見せる。
「そっ・・・そんな事は分かってるわ!」
緊張が少し解けたのか、フランが赤毛のミツバチに強気な態度で出向いた。
「随分なご挨拶だな〜。花のお姫様」
首を竦めて両手を軽く上げるとフランから少し離れて腰を下ろした。
「君が困っているようだったから、声を掛けたのさ」
「べ・・・別に困ってなんて居ないわ・・・」
目を背けるようにまた俯きかけた時、フランの背後から声が掛かった。
「フラン、大丈夫か?」
彼女の兄の雄花の精ジャンであった。
ジャンは丁寧に若いミツバチと挨拶を交わし、それと同時に赤毛のミツバチは
「じゃ、俺はそろそろ行くか」と、背中の羽を震わせた。
「あ、君。名前を」
飛び立とうとするミツバチに雄花の精ジャンが名を求めた。
「俺の名はジェット」
フランが最初に彼を見た時と同じように口元に笑みを浮かべて
ミツバチのジェットは軽やかに飛び立っていった。

その姿を見送ったジャンがフランに向き直して優しく語りかける。
「フラン、無理する事はないんだ・・・嫌なら嫌ってはっきり言って良いんだ」
「嫌なんてそんな・・・。違うの。何だかとても寂しくて」
まだ女性としては未熟に見える幼いフランは、何かに迷っているようだった。
そしてそれを無理にはするなと、優しく制する兄、ジャン。
「大丈夫よ兄さん、分かっているの。お母様の気持ち。だからわたしは・・・」
「母さんの為だなんて言うな。俺はお前の幸せを願っている。
 お前が幸せを感じなければ、それは本当の幸せではないんだ」
その言葉にフランは涙が溢れ出て来て、止める事が出来なかった。
優しく抱き寄せて自分の胸の中で涙する妹を愛おしく撫でている。
「いいんだ、フラン。泣きたい時は泣けばいい。俺が母さんに言ってやる、な?
 だから元気を取り戻すんだ」
「ジャン兄さん、ダメよ。お母様に・・・お母様に言わないで。悲しませたくないの、お願い・・・」
すがるように潤む瞳をしたフランに、どう応える事も出来ず口を真一文字に硬く閉ざした。

そんな二人を見つけた彼らと同種族と思われる雄花の精の低く太い声が聞こえた。
「フラン、何をしているのだ。こっちへ来なさい」
その声に緊迫した空気が流れ、ジャンの腕がフランをぐっと固く守った。
「フラン、聞こえなかったのか?こっちへ来なさい」
二人の様子を見透かしているように、冷たく感じられる野太い声の持ち主は、少しずつ彼らに歩み寄った。
緊張した兄の固く強張った腕をそっと退けると、無理に微笑んでいるように見えるフランは、
「大丈夫よ。兄さん」
と、兄の腕を離れる。
「いい子だ」
華奢なフランの肩を強引に抱き寄せると、雄花の精はその場を去った。
後に残されたジャンは自分の力の無さに拳を握った。

誰か・・・妹を、フランを救ってやってくれ。
天を仰ぐ想いで見上げたジャンは、心の中で呟いていた。



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