----------- 『出逢い編−7−』 ---------- ―――二人の花の妖精は、風の精イワンに乗っている。 「こ・・・怖いわ・・・」 風に乗るなんて初めてだというフラン。 それもそのはず、彼女は雌花の精なので、花粉を風に乗せて飛ばす雄花の精とは育ってきた環境が違った。 「実は昨日、イワンに泉の上まで連れていって貰ったんだ。その時、君にも見せたいなって思ったんだよ」 「わたしに・・・?」 茶色の瞳を輝かせて言うジョーを、不思議そうに見つめているフラン。 口元に優しい笑みを浮かべつつ、ちらりと自分の横に座るフランを見やると、 また直ぐに前方を向いてジョーは言った。 「泉に来ている君はいつも哀しげで、自分のそんな姿しかあの泉に映していないんじゃないかと思って・・・」 そこまで言いかけて下の方を指差した。 「見てご覧」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 フランは言葉にする事が出来なかった。泉のこんなに美しい姿を初めて目にしたのだ。 風に柔らかな亜麻色の髪を金色(こんじき)の糸の如く靡かせ、 蒼い瞳はまるで空の色を映し出した泉の如く輝き、頬はほんのりと桃色に染められていた。 「きれ・・・い・・・」 赤や黄色、はたまた白や桃色と言った様々な種族の花が咲き乱れ、若葉は凛々しく濃い緑色に変わりつつ、 二人を乗せた風の精が泉の上を流れれば、陽の光を浴びた水面(みなも)が揺らいで、宝石を鏤めたように煌めいた。 瞬きをする間も惜しい程、目を見開いて美しい景色に見取れている。 そんなフランの表情を嬉しそうに見つめる優しい視線に気付いて、 目を合わせたフランは桃色の頬を林檎のような艶やかな赤色に染め直していた。 「ありがとう・・・ジョー」 言い終えると共に、再び涙が零れた。 何も言わずにジョーはフランの肩を抱き、子供をあやすように背中を叩く。 イワンは二人の様子を伺いながら、ぽつりと呟いた。 「カノジョヲ マモレルノハ キミダケダ」 ――― カノジョヲ マモレルノハ キミダケダ ――― 腕を頭の後ろで組んで、枕代わりにして寝ころんでいる。 イワンの言葉が頭を過ぎった。ふと隣を見ればフランが安らかに目を閉じていた。 愛する者達から引き裂かれ、苦悩の日々を過ごしてきた様子のフランを思いやる。 少なくともジョーは家族のない寂しさを察する事は出来た。 ただ一つ違った事は、家族との別れを経験した事がないくらいだろう。 産まれながら孤独で生きてきたジョー。 家族の居心地の良さは分からなかったが、何となく隣にいるフランがたった一人の家族に思えた。 フランの指先はジョーの袖の裾をしっかりと握っている。 心細さがそうさせるのだろうと、フランから目を離し、蕾の内側の天井を見つめた。 家族・・・なのだろうか?この心にある温もりを感じる気持ちは・・・。 ――― カノジョヲ マモレルノハ キミダケダ ――― 「僕に・・・何が出来るのかな・・・」 そして眠りに就いた。 翌朝、いつもは静かな朝を迎えるはずの森が、何故だか騒がしい。 その様子に目を覚ましたフランは、とんでもない事実を耳にしてしまった。 慌ただしく飛び回る森の小鳥達。 鳥と会話の出来るフランが逃げ急いでいるような一羽の青色の小鳥に声を掛けた。 「ねぇ、小鳥さん、どうしたの?」 〈チチチチ・・・ピチュンピチュン!!〉 「え!?」 何を聞いたのだろうか、見る見るうちに青ざめて行くフラン。 そして青色の小鳥は鳥篭から解放されたように、勢いを増して飛び立っていった。 そのやり取りに気付いたジョーは、何を聞いたのか?と、フランに問い質した。 「いえ・・・何でもないわ・・・」 誰が見ても何でもない状況ではないと読みとれるフランの表情だが、それでも何でもないと言い張る。 そんな彼女のほっそりとした肩は、小刻みに震えているように見えた。 そして以前と同じように、否、それ以上に思い詰めた顔で泉の畔に佇んでいる。 草笛を吹きながら陽気に振る舞うジョーが、元気付けようとフランの側に歩み寄ってきた。 「フラン?昨日の話の続き、聞かせてくれないかい?」 「・・・・・・・」 泉に映る曇った表情の自分の姿を見つめたまま言葉を拒んでいる。 フランのその仕草に寂しげな顔を見せるジョーは、黙って彼女の隣に座り込んだ。 「草笛ってね、吹くのにコツがあるんだ」 そう言って、また草笛を吹いてみせる。 甲高い音色は耳障りではなく、心を和ませてくれるような柔らかい音色であった。 草笛で穏やかな曲を吹き終えたジョーは、口元からそれを離してゆっくりと語り始めた。 「これね、力を入れ過ぎても綺麗な音は出ないんだ。かといって優し過ぎても音は出ない・・・」 蒼色の瞳は深く沈み込んだ色目。それでもその深い色の瞳はジョーの言葉を聞いていた。 「今の君は、音の出ない草笛だよ・・・。一体何を一人で抱え込もうとしているの?」 そしてまた、優しい草笛の音が泉の周りを包み込んだ―――。 |
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