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+++ ある春の物語---第一章 +++

----------- 『出逢い編−8−』 ----------



何かを悟ったかのように黙り込むフランに、穏やかに草笛を吹き続けるジョー。
その音色がはたと止むと、ジョーが真っ直ぐにフランを見つめて訊ねた。
「何故、話してくれないのかな?」
「・・・・・・・・・」
フランの唇は動かなかった。
「僕には関係ないから?それとも僕じゃ、君の支えにならないのかな?」
「そ、そんな事!・・・ないわ・・・」
一瞬力の入った声は、また消えそうな、力の抜けた草笛のように聞こえた。
「一人で抱え込んじゃダメだよ。僕は君の・・・君の晴れやかな笑顔が見たいんだ」
「・・・・ジョー・・・」
少し照れたようなあどけないジョーの瞳は、泉に映った寂しげなフランに話しかけていた。
ジョーの隣に腰を下ろすと、彼の口に加えられている草笛を手に取って、
「ねぇ?草笛、わたしにも教えて?」
少し明るい声になった彼女に嬉しくなって、ジョーはフランに草笛の吹き方を教え始めた。
始めは音の出なかったフランの草笛は、徐々にジョーの音色に近付いてきた。
それに喜びを感じてフランは笑顔を見せた。
「ありがとう、ジョー。わたし、あなたに逢えて良かった」
そう言って青い瞳を輝かせ、頬を染めて俯いた。

そして少しの沈黙の後、躊躇いながら、だがその瞳は意を決したように問いかけた。
「あの・・・ジョー・・・?」
「ん?」
「わたしが良いって言うまで、目を閉じてくれない?」
「うん、良いよ・・・」
言われるがままに目を閉じたジョーは、フランの声を待った。
「まだダメよ」
「うん」
「まだ・・・」
「うん・・」
「まだ・・・」
「・・・・・・・・」
互いの唇は穏やかな温もりを感じた。


温もりが離れてから僅かして、フランの香りが消えかかっている事に気付いたジョーが目を開けると、
フランの冠に編み込まれていた陽に透けるような白色の小さな花が一輪、彼女が居たその場所に置かれていた。
慌てて立ち上がり辺りを見渡したが、もうフランの姿は何処にも見当たら無かった。

―――フランの心は空っぽだった。
一人重い足取りで、大好きな家族が居なくなって帰る理由の無くなったはずの場所へと向かっていた。
もう、何も考えたくない・・・哀しみも苦しみも喜びさえ、何も・・・。
ふと足を止め、唇に手を当てた。
まだ温かな感触が残る口元に、胸を締め付けられる思いがした。
「何であんな事をしてしまったのかしら・・・」
その呟きは、本来ならば‘喜び’と感じてもおかしくはない思いなのだが、
その思いは今は限りなく切なく、そして更に寂しさと孤独さを呼び寄せていた。
そしてまた‘無’になるために歩き始めた。
青色の小鳥から聞いて事実を知ってしまったからには、後戻りは出来ない。
硬く意志を繋ぎ止めて、前を向いた。

その頃、フランが元居た森の入り口では、スカールが大きな声を張り上げていた。
「いいか!必ずフランを捜し出すのだ!兄のジャンの方は見つけ次第殺せ!」
フランが拘束されていた場所で、彼女が作った物と思われる花の首飾りを拾い、
それを握り潰してスカールは呟いた。
「このような失態、許しておくものか・・・」
怒りを顕わにするスカールに逆らう者は誰一人居ない。身を制して従うしかなかった。
それが彼らの生きる道であるかのように・・・。
慌ただしく走り回るスカールの手下となった雄花の精達は、誰もが皆、無表情であった。
彼らもまた、哀しみも苦しみも喜びも何も思い浮かべたくなかったのだろう。
それ程までにスカールは恐ろしかった。
見せ締めとしてある者は腹を切られ、ある者は吊し上げられ、ある者は生きたまま地に埋められた。
残虐過ぎるその行為は、彼らの脳裏に驚異な程焼き付いてしまったのだ。

そんな死の都となった場所に、フランは戻ろうとしていた。
「もしかしたら・・・わたしはもう・・・」
ジョーに最初で最後の口付けをした、それだけでわたしは幸せ・・・。
震える身体を自分の腕で抱きしめ、しっかりするのよ!と言い聞かせている。
そして一歩一歩、スカールの元へと向かって行くのだ。

一方、ジョーは―――。
フランがいつも佇んでいた泉の畔に彼女と同じに立ち惚けていた。
「どうしたら良いんだろう・・・」
小さな小石をポチャリと泉へ投げては、広がる波紋を見つめた。
足元に放られた硝子の破片が、思い悩むジョーの姿を映している。

―――何がなんだか僕には分からない。
―――君はいつもここで寂しい顔をしていて、突然僕の元へと現れたかと思うと、また直ぐに消えてしまう。
―――もしかしたら僕は夢でも見ていたのかな・・・?
―――あんなに美しい花の精が、僕に口付けなんてするかな?
ジョーも感触の残る唇を触れてみた。
―――でも、あれは夢じゃなく・・・本当に僕は彼女の温もりを感じたんだ。
―――何故彼女はそんな事をして、そしてまた居なくなってしまったんだ?

‘何故?どうして?’という疑問が押し寄せてきて、答えに行き詰まっていた。
こんな思いは今までに一度も経験した事がないジョーは、これが‘恋’と言う事に気付く事はなかった。



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