青蛇のグレートの傷が完治するのに、数日を要した。 その間、仲間たちは戦いの前の静けさと言う物を味わっていた。 雄花の精ジョーは引き続き青蛇のグレートの傷の手当をし、 頭のキレる山猿のピュンマが作戦を練り、 大鷲のアルベルトは鋭い爪とくちばしの手入れを抜かりなく行い、 ヒグマのジェロニモは木に体当たりして力試しをし、既に数本の木を折っている。 モグラの張々湖はみんなに食事の世話をしていた。 その頃、ミツバチのジェットは行動範囲の広さを当たり前としていたので、 あちらこちらを飛び回り情報収集。 それ序でにこの地の南側にある平原を訪れた。 「フラン、僕と付き合ってくれよ」 「いや僕とお付き合いして下さい」 「フラン、僕で」 「いいや、僕で」 風や花の蜜を好む昆虫たちに運ばれてやって来た雄花の精たちに囲まれて、 困惑している雌花の精フランの頭上で笑いを堪えたミツバチのジェットが、その様子を伺っていた。 「相変わらずモテモテだな、フラン」 皮肉混じりの声の方を見上げ、怒ったような困ったような顔でフランが言った。 「見てるなら助けてちょうだい!」 「仕方ねーな」 首を竦めニヤリと口元に笑みを浮かべ、フランの元に舞い降りるジェット。 二人のそのやり取りを見つめる雄花の精たちに、人差し指を突き立てながら言い放った。 「いいか諸君。フランにはな、心に決めた男がいるんだ。 お前たちにはかなわねー程のすげぇ相手だぜ?だからすっぱり諦めろよ」 ジェットの言葉に否定も肯定も出来ず、真っ赤になって怒り出すフラン。 「もう!ジェットったら!!」 それと同時にがっくり肩を落とした雄花の精たちは、渋々フランの元を去るしかなかった。 「あ、り、が、と、う!」 腰に手を当て背筋を伸ばしながら頬を染め、そっぽを向いたままでいるフランに、 少し遠慮がちにジェットは言った。 「悪いが、少しジョーを借りるぜ」 その言葉にクルリと振り返り、ジェットに詰め寄るフラン。 「ジョーに逢ったの?何処で?元気にしてた?それで、今何をしているの?」 そこまで息もつかず一気に言うと、ジェットの言葉を思い出したように聞き返す。 「今『借りる』って言ったわね。『借りる』ってどういうことなの?」 「森を守る為なんだ。ジョーを危険な目に遭わせてすまない、フラン・・・」 再会を望んでいた喜びと、これから森の平和のために危険を承知の戦いに挑むジョーに 涙を浮かべる。 ジェットの堅く閉ざされた口元と真剣な眼差しを見やってからぽつりと言った。 「そう・・・仕方ないわね、みんなの森ですものね。みんなも無事で戻ってきてね」 「ああ、必ず勝って、君の元へジョーを連れてくるよ」 涙を拭いたフランは「ちょっと待って」と自分の胸元の透けるような白色の花びらを一枚摘むと、 美しい亜麻色の髪で、まるで金のチェーンのような糸を作り、花びらに通してペンダントを作った。 「これをジョーに渡して・・・待っているからって」 「分かった。伝えるよ、フラン」 そう言って体を浮かしたジェットは、また得意の宙返りをして見せ、森へ向かっていった。 涙を浮かべたフランの大きな瞳は、フランの居る場所よりずっとずっと北の方にある森を見つめていた。 森では例のオオイノシシの居場所を掴んでジェットが戻ってきた。 「オオイノシシは何処に居る?」 戻ってきたばかりのジェットに大鷲のアルベルトが即座に回答を求める。 「そう慌てなさんなって」 いつもの仕返しのつもりか、ジェットはアルベルトを見下すように焦らす。 そしてみんなが集まったのを見計らって、ジェットが言う。 「大木から僅かに離れた洞窟だ。大木の果実はまだ生っていないが、 花を咲かせている。果実を付けるのは時間の問題だ」 「そうか、そんなに離れた場所じゃない。作戦を煮詰めるよ」 山猿のピュンマがもう一度作戦を練り直している間に、休息をとることにした。 ヒグマのジェロニモが力試しで倒してしまった木の切り株に、腰を下ろしているジョー。 その隣にジェットが腰掛けた。 「ジョー、受け取れ」 そう言って、ミツバチのジェットが雄花の精ジョーに剣(つるぎ)を手渡した。 「わぁ、凄いね、この剣」 手入れの行き届いた剣。その剣を受け取るとジョーの顔はキリッと引き締まった。 鋭い剣は自ら勇者を選ぶかのように、ジョーの姿を映しだしている。 「俺達が命を懸けてアシナガバチと戦い、倒した奴等の針を集めて造った剣だ。 ジョー、お前にくれてやるぜ」 「ありがとう。大切にするよ」 「それと、これはフランからだ」 彼女から預かった花びらのペンダントを差し出した。 フランの分身であるペンダントからは、彼女の温もりと甘い花の香りが漂ってくる。 「フラン?何処にいるんだい?元気にしてた?」 身を乗り出すようにして問いかけるジョーに、笑いが込み上げてくるジェット。 「くくく・・・お前ら同じ事を俺に聞くんだな。フランは元気だ。 ジョーが来るのを首を長くしてお待ちかねだったよ」 「そうか、元気なのか、良かった」 勇者の表情とは全く違った、あどけない顔に戻る。 「ずっと南の方の平原に咲いているよ。お前の仲間の雄花たちに囲まれてな」 その言葉に目を見開いて焦りを隠せないジョー。 それを見てジェットの笑いが声になった。 「あははははは。お前らお似合いだな、全く」 「何の話だ?」大鷲のアルベルトが会話に割ってきた。 「雌花の精フランとジョーの事だよ」 まだ笑いの止まらないジェットはその声を必死に抑えながらアルベルトに話す。 「あのお転婆娘か。あれはジョーには勿体ないな」 「やめてくれよ、二人共」 照れながらむくれるジョーのその胸元には、フランからの花びらのペンダントが揺れていた。 「いいかい?ボクが考えに考え抜いた作戦だ。明日はきちんと実行してくれ」 青蛇のグレートの傷が完治しているのを確認すると、頭のキレる山猿のピュンマが作戦を説明する。 「みんなこれ食べるヨロシ。食べ物は大切なエネルギーアルヨ」 料理を差し出すモグラの張々湖。 みなそれを平らげ、明日の決戦に向けて休むことにした。 ジョーは胸にフランの温もりを抱いて・・・。 |
<< Back Next >> |