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+++ ある春の物語---第二章 +++

----------- 『出逢い編−19−』 ----------


――― カゾク ジャ ナイ ? ―――

ジョーの脳裏に何かが蘇ってきた。
カゾク ジャ ナイ   カゾクじゃない   家族じゃない。


「ジョー、お前の親父ってさ、朱色の花の一族なんだってな」
「僕らと同じ白色花じゃないんだってな」
「見ろよ!ジョーの花弁は女みたいな桃色だぜ」
「白と朱が混ざってんだ?混血なんだ?」

「違う!僕はみんなと同じだよ!」
「えー!!じゃ、何でお前の髪はそんな色なの?」
「何で赤色の目ン玉なんだよぉ」
「やーいやーいやーいやーいやーいやーい・・・・・・・・・・・・」」」」」

「違う!僕はみんなと同じだよ!」「違う!僕はみんなと同じだよ!」「違う!僕はみんなと同じだよ!」「違
う!僕はみんなと同じだよ!」「違う!僕はみんなと同じだよ!」「違う!僕はみんなと同じだよ!」「違う!
僕はみんなと同じだよ!」オナジダオナジダオナジダ・・・・・・・・・・・・


静かに顔を上げ―――我に返る。

「ジェットが・・・それを望んだのですか?」
「・・・・・・」
女王は何も答えない。いや、答えられないのだろう。
声を荒立てて、更にジョーが捲し立てる。
普段、大人しそうな顔をしているジョーが、奥に哀しみを潜めたような儚げな、
それでいて戦いの瞳とは違う強い光を持った視線を投げ掛けてきた。
誰も何も答えようとしない。そればかりか目を背けるように俯くばかりであった。
「それはジェットが望んだのかっ!?」
そう言って、勢い良く立ち上がると、女王蜂に背を向けて、
重みのある声でポツリと言った。
「ジェットを捜してきます」
そして、力強く走り出してまた闇へと飲み込まれて行く。
ジョーは走りながら誰の目も触れぬように、そっと頬を拭った。

「ジェット何処だ?何処にいる?」
走りながら闇に潜り、手探りでジェットを捜す。
まだパチパチと音を立てる消え残りの小さな赤い火の粉を頼りに
うっすらと映し出されている大地を駆け回った。
「ジェット何処だ?」
ミツバチ城から泉の森までの距離を、小さな妖精が自力で移動するなど容易ではない。
数日掛けてやっと辿り着いたミツバチの群を背に、元来た方へと駆け出す。
そこから再び数日が過ぎるのだ。
戦いは進んでいるだろう。
もしかしたら彼らは誰一人残っていないかも知れない。
もしかしたら戦いが終わって元の生活が戻っているかも知れない。

何を守るのか―――?
生きて行く為の園を守ればそれで良いのか?
園を守れなかったと、嘆いて負けを認めていれば、それで良いのか?
ならば何も知らずに、消えた仲間の後で温々と生きて行くのを、
ジェットがそれを望むのか?

「僕は嫌だ!僕も一緒に・・・一緒に散りたい・・・そうだろ?ジェット」

ジョーの足が止まった。
肩を押さえて一瞬顔を強張らせる。
傷が完治する暇も無いほど走り回っていた。
痛みを忘れる程駆け回っていた。
だが、その痛みがピークに達している。
このままではジョーの命が危ぶまれる。
痛みの衝撃にその場に倒れ込んで意識を無くした。

――― 小さな傷でも命取りよ。わたし達の様な小さな生き物には、ね? ―――


一つ・・・また一つ・・・消えて行く小さな命・・・。
地球を守る為に、人知れず消えて行く、小さな命・・・。
誰が彼らを救う?
神?それとも―――・・・・

寂しげな歌声が、今日も戦場より離れたこの地の中央辺りの森から聞こえて来る。
美しくもある優しい歌声。どこか哀しげで、時々途切れがちで・・・。
炎の手を逃れた中央の森の少し奥まった場所に大きなミツバチの城がある。
子供達の世話をする少数の働き蜂。
それと花の妖精。
歌声は穏やかな流れで漂いながら、ミツバチの幼虫達へと安らぎを与えていた。
何も怖がる事は無い、何も案ずる事はない・・・と。

一匹の働き蜂が手を休めて花の妖精に声を掛けた。
「少し休んでも良いよ。後は僕らがやるから。君は働き過ぎだよ」
「ええ、ありがとう。でも、こうしている方が落ち着くの」
ちょこんと首を傾げて蒼い瞳を大きく開いて丸くした。
「そうかい?じゃ・・・あまり無理しないで」
「ふふっ、あなたもよ」

「あ、お水が無いわね。わたし小川から水を汲んでくるわ!」
「いや、重たいから・・いい・・・・・よ・・」
働き蜂が言い終える前に、彼女は木の皮を剥いで造られた器を抱えて
森の真ん中を流れる小川へと向かって行った。
歌声を絶やさずに。
彼女の大きな瞳からは小川の流れより早い涙が溢れていた。
まだ愛する者の無事を確認できない、それでいて何も出来ない自分の力の無さ。
歯痒いばかりに虚しさが大きくなるばかりだった。

小川に差し掛かる寸前、何かを見付けてフランの足が崩れ落ちた。
目を伏せる事も出来ず、その一点を見つめる以外動けない。
目の前の光景が嘘であって欲しい、そう願わずにいられない。
体中を走るように不安が押し寄せる。不安と言うよりも、目の前の現実に脅えた。
「ジ・・・ジョー・・・・?」
腰が抜けてしまいそうな一歩手前で、地を這うようにして横たわるジョーの元へと座り込んだ。
大丈夫、息はある。背中が荒くも上下していて息をしている事が分かる。
胸に耳を当て、規則正しく打つ鼓動も感じた。
ただ・・・意識は無い・・・。
震える指先で栗色の髪をそっと退けて、閉じたままの瞳を探す。
「ジョー?しっかりして」
泣きそうになるのを必死に堪えて、気を取り直して立ち上がると、
木の皮の器を手に小川へと水を汲みにいった。
そしてジョーの元へと戻ると、呼吸を整えてもう一度声を掛けた。
「ジョー?目を開けて!!」






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