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+++ ある春の物語---第二章 +++

----------- 『出逢い編−20−』 ----------


うつ伏せに倒れる雄花の精を抱き起こそうとしても、か細い腕ではジョーの体を支える事も難しかった。
けれど、細い力を出し切ってジョーの上半身を浮かせると、自分の膝枕に横にさせた。
膝元に舞い落ちていた木の葉を丁寧に洗うと、それで水をすくいジョーの口へと運ぶ。
だが、うまく含んでくれない。
もう一度・・・。
口元までは持っていけるのだけれど、ジョーには飲み込む意志がない。
気を失っているのではこれ以上どうする事も出来ないの・・・?
涙が零れそうになるのをぐっと堪えて、水を自分の口に含み、祈る思いでジョーの口元へと運ぶ。
今度は静かにジョーの喉へと流れ込む水の行方が感じられた。
フランは顔を起こして天を仰ぎ、抑えていた息をふうっと吐き出す。
「良かった・・・・」
堪えていた涙が一滴頬に伝ってゆく。
そのままフランの涙は顎元を離れ、彼女の膝枕で目を閉じるジョーの瞼へと落ちた。
「ん・・くっ・・・」
「ジョー!」
「フラン・・・どうして・・・ここに?」
起き上がったジョーの間の抜けそうな言葉に一瞬声を失い、そして
「どうして?じゃ・・・無いわ・・・よぉ・・・・」と言って、大きく泣き出した。
そんなフランを目覚めたばかりでまだ状況の掴めぬ面持ちのジョーは、
フランの頭をぽんぽんと手で包み抱いていた。
「もうっ。凄く心配してたんだからっ」
泣き止まないフランを胸に抱いて、規則正しく鼓動を打つ部分を指さし、言い聞かせた。
「僕のここ(心臓)、聞こえているかい?」
「ええ、聞こえるわ・・うっく・・・」
「うん。ならもう大丈夫!僕は生きてる、そして君の側に居るんだ」
「・・・・・・・・・・」
二人の時間は静かに流れ、そこだけがなにも知らない花園のように輝いて見えた。

「ねぇ・・・フラン・・・・」
「なぁに?」
胸に顔埋めたままで瞼を閉じて幸福を満たしているフラン。
「聞きたい事があるんだ」
「改まってどうしたの?」
「うん。僕はジェットを捜して戻ってきたんだ」
「・・・え・・・?」
フランの幸せを表す笑みの隠った口元も、閉じた瞼も、静かにその形を変えた。
「ジェットが何処にいるか知らないかな?」
がばっと胸元から離れると、泣き腫らした目を丸くして答える。
「どう言う事!?」

事の経緯を聞いたフランは、訝しげな顔をして目を凝らしていた。
「多分・・・近くにいるとは思うんだ。ジェットが逃げるなんて事あるわけが無いからね」
「ええ、わたしもそう思うわ」
「うん」
「でも、ジョー?お願い、今は無理はしないで。わたしがジェットを捜してくる!」
「ダメだよ、君一人じゃ危険だ。君は城の方へ戻って・・・」
「!・・・またわたしを除け者にするのね!」
「ち、違うよ。君の事が・・・」
「それならわたしも同じ事よ。でしょ?」
「う・・・ん・・」
弱ったな・・・と、そんな顔をしてジョーは頭を掻いた。
「さ!行きましょ!」
やけにやる気を感じさせるフラン。まるでそれが自分の使命のような・・・。
ジョーの体を支えながら、木の洞や家主の居なくなった土を堀下した洞穴を
丹念に声を掛けながら一ヶ所ずつ確認していった。
「ジェット・・何処にも居ないわね」
そう言ってジョーの顔を見上げると額に汗と眉間に苦情の色を見せている。
「ん・・・そうだね」
「ジョー?辛い?」
「ううん、大丈夫だよ」
「でも、少し休みましょう。あ、ほら!あそこがいいわ」

春の日差しと言っても今のジョーには照り付ける陽に体力を奪われ兼ねない。
そう心配して、日差しを避けるように葉の生い茂る木の元へと腰を下ろした。
「さっき持って来たお水があるから待ってね」
「ウン」
ちょっとピクニック気分(?)な雰囲気のフランに、思わず笑みの零れるジョー。
「何笑ってるの!もぅ!」
「あはっごめん、何でも無いよ・・・」
「あやだ。お水全部零れちゃってたわ」
「良いよ。ありがとう」
「え、でも、待って!何処かに雨水が溜まってる木の葉があるかも」
「いいってば危ないよ!」
「大丈夫よっ」
「フランっ」
振り向きながら笑顔を見せて手を振るフランに、呆れたような、
それでいて胸の温まる光景を焼き付けるように目を細めて微笑むジョーだった。
そして「家族じゃない・・・か」そう呟いた。
「家族じゃなくても、こうして僕は彼女をこんなにも愛おしく思うのに・・・」
木漏れ日に手をかざして見上げた空は、いつしか黒雲は立ち去って青空が見えていた。
「もうすぐ・・・春が終わるな」
久し振りに見上げた空の色の鮮やかさに見取れ、その場に空を仰ぐように横になったジョーは
そのまま睡魔に飲み込まれるように深い眠りに落ちていった。


「・・・!!」

「・・て・・・・」

「・・・きてよ・・ね・・・」

「お起きてジョー」

「ん・・・どうしたの?」

「ジェットが・・・」

「ジェットが・・・?」
勢い良く起き上がりはっと目を覚ました。
「ジェットは何処!?」
「多分・・・向こうよ。わたし聞こえたの、彼の声が!!」
フランの指さす方向に目を向けた後、二人は再び視線を重ねて黙って頷いた。





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