----------- 『出逢い編−18−』 ---------- 皆の祈りと共に、シトシトと雨が降り始めたが、森や大地は既に炎で焼き尽くされてしまった。 雨によって炎から解かれた黒こげの無惨な森が、その姿を徐々に現した。 この地に住む妖精達の手によって、自らの都を焦がした。 胸に痛みを負って、皆苦しみ藻掻いていたに違いない。 だが、誰一人スカールに刃向かう事が出来なかった。 ――― 神が居るのならば、どうかこの願いを ――― ミツバチの大群がスカールの元へと向かっているその時、 傷だらけの剣士、ジョーは立ち上がった。 「フラン、必ず君を迎えに来るから・・・」 そう言って、額に軽く唇で触れると、いつもの穏やかな優しい表情(かお)になった。 「ジョー・・・待っているわ」 お互いを愛おしむように抱き合い、そして腕を解く。 「イッテキマス」 声には出さないジョーの口の形を読み取ったフランもまた、 「キヲツケテ」と、応えた。 その言葉を確認すると、ジョーは戦士の顔に変わり、瞳の色を潜めた。 ジョーが足早にその場を立ち去ると、フランは腰まであった長く美しい ビロードの髪をばっさりと肩まで裁った。 美しいその髪を天に捧げ、見上げた空はまだ炎の色で赤く染められている。 ――― 神が居るのならば、どうかこの願いを ――― 「ジェット。何処にいる!?」 返事のないジェットの事だから、先頭を切って出発した物だと思い込んだジョーは、 重たい体を引きずりながら戦うべく敵を目指して歩みだした。 「必ずアイツは僕を見付け出すだろう。 僕は逃げも隠れもしない、ここに居る。 早く僕を見付け出せ、早く・・・」 数百というミツバチの大群が留守にする城は、怖いくらいに静まり返っている。 時より子供達の声がする。 「フランおねぇちゃま。女王様達は何処へ行かれたの?」 「女王様達はね、みんなの未来を守りに行ったのよ。 大丈夫。心配しなくても必ずみんな帰ってくるわ。だからいい子で待っていましょうね?」 まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえるそのに言葉、 子供達は明るい声を揃えて返事をしてくれた。 「みんないい子ね」 幼子達を宥めながら、赤い空に目を向けそっと瞼を閉ざした。 風の精イワンの降らせた雨は、次第にその力を増して、大粒の雨に変わっていた。 激しく降り出す雨に、ミツバチの群も少々苦悩を滲ませる。 だが、熱い煙より幾分増しである。 ぐんぐんと進み、遂にスカールの群の元へ辿り着いた。 女王蜂が落ち着いた足取りで、スカールの目先へ歩み出る。 「あなたがスカールね?お噂では耳にしているわ」 「ふん。来たな、虫けら共が」 一向に怯む事もなく、スカールの目を釘差すように見つめて言葉を続けた。 「話をして解るとも思えないけれど、一応断りは入れておきます。 この地を今すぐ立ち去りなさい」 「何を抜かしているんだ、虫の女王さんよ。 俺はこの地を納めるつもりだ。立ち去れとは随分なご挨拶じゃないか?」 憎たらしい程の笑みがスカールから零れる。 「そう・・・では、あなた方とわたし達は戦わなければなりません。 花と虫が戦うなんて、前代未聞ですけれど」 「戦うだと?寝惚けた事を言って貰っちゃ困る。 俺はお前達を潰す!それだけの事だ!がははははははは・・・・・・」 スカールは大きく笑い声を張り上げると、剣を素早く抜き、女王目掛けて振り下ろした。 その瞬間、戦いの火蓋は落とされたのだ。 互い助け合ってきたはずの花の妖精と、ミツバチが戦い合う。 凄まじい光景だ。 雨も激しさを更に増して、大地を焦がし尽くした炎を和らげた。 そして有りっ丈の力を振り絞って雨雲を呼び寄せたイワンは、力尽き、静かに眠りに就いた。 再び目を覚ますのは来年の春。 その時、どのような光景が映し出されるのかは、まだ誰にも予期出来ぬだろう。 静まり返ったミツバチの城から、安らかな歌声が聞こえる。 幼子をあやすフランの美しい歌声が、何処まで届くことだろうか・・・。 泉の森周辺では、ぶつかり合ったミツバチ達と花の精達が傷を負い、それでもまた立ち上がり、 自分達の居場所を求めて戦っている。 ミツバチの毒針に倒れる者もあれば、花の精の振りかぶる剣の稲妻に伏せる者もある。 何故戦うのか・・・何を守るのか・・・その意味を唱えるかのようにそれぞれの命を落としていった。 そんな戦いが数日と続いた。 だがお互い生きているのは同じ事。疲れを隠せない双方は、 焼け爛れた野山に体を預け、一旦闇に姿を消す事となった。 焦臭い森の、炎から逃れた僅かに緑の茂る木陰で、数の減ったミツバチ達は体を休めていた。 そこへ要約辿り着いたジョーは、痛手を負った肩を庇いながら女王の元へと歩み寄った。 「女王様、これは・・・」 顔を強張らせたジョーは燃える森を映し出したかのような色をさせて 女王の目を真っ直ぐに見つめていた。 そんなジョーを宥めるように優しい瞳をして、ゆっくりと口を開く。 「無理をしてはいけないわ」 「元はと言えば、僕らの争いだったんだ。それを・・・。彼らを巻き込んでしまった・・・。 僕はなんて言っていいか・・・」 そう言って俯くジョーの顔を覗き込んで女王は言った。 「顔をお上げなさいジョー。そんな事は無いわ。わたし達が生きる為でもあるの。 あなた達だけの問題では無いのよ。 気を落とさない事よ?わたし達の園を取り戻さねば・・・。ね?力を合わせましょう」 ゆっくりと顔を上げたジョーは小さく声に出して「はい」と答える。 そして何気なく辺りを見渡すジョーの瞳は何かを探っていた。 何か・・・何者かを・・・誰・・・。 そして次の瞬間、荒々しく女王の両肩を揺さぶった。 「ジェットは!?ジェットはどうしたんですか?」 その問いに先程の表情とは違い、目を伏せがちに女王は答えた。 「ジェットは・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・・・ここへは来ません」 そんな二人のやり取りを、傷を負ったミツバチ達は黙って見守っている。 そういった辺りの空気を読み取り、ジョーは何かを感じた。 「来ないって、どう言う事ですか?」 「・・・・・・・・・」 「女王!!」 「彼は・・・・ジェットは・・・・わたし達の家族では無いのです」 一瞬ジョーの心が凍った。 ――― カゾク ジャ ナイ ? ――― |
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