----------- 『出逢い編−13−』 ---------- 「着いたぞ」 ジョーをからかいながらの道のりは、戦いとは全く無縁のような温い時間が流れていたが、 森と元花園だった平原を境にするその場所は、明らかに‘明と暗’で分かれていた。 陽の光を遮る木々の為に‘暗’を感じさせるのは森のイメージであるのが当たり前だが、 それは平和な時間が流れていた、つい先日までの過去のこと・・・。 今では目を覆いたくなるような光景が、本来ならば陽光を命一杯に浴びてすくすくと育つ草花達で 賑わっているはずの‘明’の平原で見受けられた。 花の蜜集めをするミツバチのジェットならばそれを良く知っていた事だろう。 無惨な光景に軽く舌打ちをして、思わず目を細めていた。 「これは・・・」 この春、まだこの平原には立ち入っていなかった雄花の精ジョーにも、 その状態が普通でないことは明確に映っていた。 「誰か来るな・・・」 乾いた土がむき出しのままの平原では気配を消す事など出来るはずもなく、 と言うよりも、あえて気配を隠す必要もないのだが、 立ち尽くしていた二人は、平原を見回るジョーと同種族の雄花の精を見付けた。 彼は慣れない軽武装の為、歩きにくそうに時より腰の剣の位置を直しながら歩いている。 茂みから見張りの者の様子を伺う二人。どうやら、見張りは彼一人のようであった。 「他に仲間はいなそうだな。行くか?」 身体を前のめりにして、今にも飛び出しそうなジェットを、静かな声でジョーが制する。 「待って、ジェット。僕が行くよ。その方が事を荒立てなくて済みそうだからね」 そう言ってジョーは穏やかな顔で微笑んでいた。 大人しそうな顔をしているようだが、侮れない奴だとジェットはその時感じたのだ。 そしてジョーは何食わぬ顔をして、茂みから体を起こして見張りの者へと声を掛けた。 「そっちの様子はどうだい?」 「ん?見ない顔だな。新入りか?」 「ん、まぁ、そんなところだね」 「そうか、こっちは異常ない。そろそろ交代の時間だ。戻ってスカール様に報告しよう」 見張りの者が先を歩き、その後をジョーが追う。 くるりと振り返りジョーは茂みで身を伏せる相棒に片目を瞑り成功の合図を送る。 茂みから様子を伺うジェットは、やはりそれに答えるように親指を立てた。 「さてと、しばらく上空よりジョーのお手並み拝見とするか」 口元に笑みを浮かべたジェットは、空へと向かった。 ジョーと見張りの者は、冷たい大地を踏み締めてスカールの元へと戻っている。 「酷いもんだね・・・」 ジョーがぽつりと呟くと、溜まっていた物を吐き出すように見張りの者は口を開いた。 「そうだろ?俺もびっくりしたぜ」 「どうしてこんな事に?」 「お前新入りだったな。知らないのも無理はないぜ。 あの黒い妖精が粋なりやって来て、あっと言う間に俺達の園をこんなにしちまってよ」 「黒い妖精・・・」 「ああ、元は俺達と同じ花の妖精だったらしいぜ。ただ、この地の者じゃない、余所者だ」 「余所者?」 「そうさ。この地には生息してないはずの、食虫植物の妖精から戦うための力を得たらしい」 「ふぅん・・・どうしてそんな事を知っているんだい?」 「さぁな、噂の噂の又聞きだから、何処までが本当なのか俺にもわからん」 「そうか・・・」 「まぁ、フランさえ逃げないでいてくれたら、ここまで血を見ることは無かったんだがな」 フランの名前を聞き、ジョーは胸がどくんと高鳴った。 「フラン・・・って?」 「お前、ホントに何にも知らねぇんだな。フランってのはな、俺達同種族の雌花の精でな、 そりゃ〜綺麗な娘なんだ。俺も彼女に惚れた内の一人だけどよ」 そう言って、照れながら頭を掻く見張りの者。 「・・・・・」言葉を返せないジョー。 「そのフランを物にしたかったスカール様だけどよ、あっさり逃げられちまって。 それが怒りの原因でもある訳だ。はっきり言って醜い嫉妬だな」 「・・・・・」 「おい、新入り!この事は絶対言うなよ!俺がやられちまうからなっ」 「うん。大丈夫分かってるよ」 ジョーは少し困った笑顔で、言葉を返した。 ――― スカール・・・もうすぐ逢える・・・。 ジョーの栗色の瞳が一際鋭く光り、まだ見ぬ敵、スカールへと向けられた。 丁度その頃、フランはジェットの仲間のミツバチ達と懐かしい安らぎの一時を過ごしていた。 次から次へと生まれてくる可愛らしいミツバチの産声を聞きながら穏やかに流れる時間・・・。 その光景に優しい微笑みを浮かべ、ミツバチ達と共に子供達の世話をやいていた。 「ふふふ・・・くすぐったいわ。待ってね、今、美味しいご飯を食べさせてあげるから。 こらこら、おいたはいけませんよ!」 辛く哀しかった時間を思い出す暇もないほど、子供達の世話で忙しかった。 フランの心から忘れられていた、幸せの時・・・。 「フラン、そろそろお休みなさい。疲れた事でしょう?」 女王蜂の掛けてくれた声も届かず、側に女王蜂が来るまで全く気付かない程 子供達の世話に没頭していた。 「あ、女王様」 「ふふふ・・・笑顔が素敵だわ、フラン」 「まぁ・・・」 頬を染めるフランに女王蜂は更にフランを褒め称えた。 「それだけの器量だもの、放っておく者がいない訳ね・・・。 ジェットもその内の一人かしらね?ふふふ」 「女王様!?」 ほんのり染まった頬も更に赤みを増して、フランは手で覆い隠した。 「ごめんなさいね。もう、既に気持ちの決まったお相手でもいらしたかしら?」 「いえ・・・そう言うわけでは・・・」 「良いのよ、隠さなくても。顔に書いてあるわ」 「!!!」 からかい上手なのはジェット譲りか・・・否、ジェットがこの女王から受け継いだものだろう。 よくよく考えれば、ジェットはこの女王より生まれ育った者なのだから。 暖かい眼差しの女王蜂とミツバチ達に囲まれて、深く傷付いたフランの心もゆっくりと癒されていた。 「ジョー・・・無事かしら?」 その夜は金環食。フランとスカールの挙式の日でもあった。 一人金環食を眺めて、自分の為に戦いを挑んだ愛する者を思い浮かべた。 |
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