----------- 『出逢い編−11−』 ---------- 青い月明かりを頼りに、背の高い草の間で身を隠すようにしたフランから 事の事情を説明された二人は、直ぐに追っ手はここを嗅ぎ付けるに違いないと フランを別の場所に移して、身の安全を確保することを先決した。 「と言っても、この狭い森だ、直ぐにばれる。ひとまず、ここは俺に任せてくれないか?」 そう言って、ジェットが立ち上がると、ジョーは静かに頷いた。 「ジョー・・・」 フランの不安げな声に一際明るい声でジョーは応えた。 「大丈夫、僕らに任せてよ」 ジョーのあどけないその笑みに釣られて、フランも口元に明るさを差した。 そんな二人のやり取りをそっと見守り、また、顔を険しく戻してジェットはフランを抱えて空へと向かった。 空高く舞い上がる二人を見送ると、ジョーは再び泉に足を向け、静かにイワンに話しかけた。 「イワン・・・本当に彼女を守る事が・・・僕には出来るだろうか?」 「ナニヲ イッテイルンダヨ。ソレハ キミニシカ デキナイコトダヨ」 「うん・・・」 目の前に迫る戦いに、不安を感じる頼りない返事と、それを顕わにジョーの姿を映し出す泉の水面。 そよぐ風に揺らめき、更にその姿をぼかしている。 「シッカリ スルンダ」 そう言ってイワンは、静かにその気配を消していった。 ただ一人、泉に佇むジョーは、自分の情けない姿に腹を立て、取り乱すようにガラスの剣を抜き、 そして、それを水面に映った自分に無意味に切り立てて、跳ね上がる水飛沫にされるがままに身体を濡らた。 「ちくしょう・・・」 ふと、時々ここへ現れていたフランの寂しげな後ろ姿がジョーの頭を過ぎる・・・。 そうだ・・・彼女は何かの度にここへ来て、自分の心を映し、 気持ちを抑えてはまた元の世界(ばしょ)へ戻っていっていたんだ。 ――― 笑うことも・・・幸せを望む澄んだ蒼い瞳も・・・透明な心も・・・ ――― 自分を犠牲にして・・・全てのものを救おうと・・・。 無言のまま剣を握りしめるジョー。 ほんの一瞬の出来事に過ぎない時間、だがそれはゆっくりと流れ、ジョーの気持ちに確実に灯を点す様に目覚めさせた。 散り散りになった自分の姿を、再び元に戻そうと静かになる水面。 そこには先程まで映っていた頼りないジョーの姿はなく、吹っ切れたように鋭く見つめる視線があった。 「僕が彼女を守らなければ・・・」 そして空に浮かんだ春の青い月を見上げた。 一方、フランを連れたジェットはこの地の中央に位置する大きな森へと向かっていた。 森の入口まで近付くと、忙しなく飛び回るジェットと同じ様な働き蜂に出逢った。 「ジェット!な〜にさぼってんだよぉ」 と、口元に笑みを浮かべながら抱きかかえられている美しい花の妖精に目を向けた。 「よぉ」 軽く挨拶を交わすだけのジェットだが、 相手としてはそれだけでは済ませられない証拠を抱えているジェットに対して、 探りを入れたいのは当たり前のことだった。 「なに、ジェット。うまいことやってんのか?」 「あ・・・あの・・・」 頬を染めるフランの言い分も聞きもしないで捲し立てる仲間のミツバチ。 「ふ。まぁな」 「ちょ・・ちょっと!」 あっさりそれを認めるジェットに、振り向き様に顔を真っ赤にして口を尖らすフラン。 3人のやり取りに働き蜂たちが押し寄せて、あっと言う間に囲われてしまった。 「へ〜、珍しいお客さんだね」 或る者は、美しい花の妖精を歓迎し、 「こいつ手が早いから気をつけなよ、お嬢さん」 或る者は囃し立て、ウインクを飛ばす。 「ジェットには勿体ないね、全く」 或る者は苦笑いを浮かべながら冷やかし、それぞれに言葉を発していた。 お陰で反論する間もなく、フランは言葉する者の顔を代わる代わる見つめるだけだった。 その間、終始口元を歪めているジェットは、くるくる色の変わるフランの瞳を眺めながら、 要約口を開いて、騒ぎ立てる彼らをフランに紹介した。 「こいつ等は、口は悪いが一応俺の仲間だ。よろしく頼むな」 と、彼らを見渡すと、ジェットに負けじと言葉を返す。 「口が悪いのはお互い様だよな〜?みんな?それに一応は余計だろぉ」 笑い声の上がる様子に、思わずフランの気持ちも和んで笑みが零れた。 「初めまして。野花の精フランです。訳あって、ジェットにこちらに連れてきて貰いました。宜しくお願いします」 軽く会釈をするフランの美しさのあまり、漏れる溜息の嵐。 ―――と、突然静まり返る働き蜂の群。一瞬にして‘静’が訪れたそれは、女王蜂の登場を意味していた。 騒がしい外の様子に気付いた女王蜂がゆっくりと輪の中央へ歩み寄ってきていたのだ。 「一体、何の騒ぎです?」 二人を取り囲む大きな働き蜂の輪は、女王蜂の歩くペースに合わせて徐々にその形を崩し、 輪の中央に居る二人へと導いた。 女王が現れると畏まって跪くジェットに、ドレスの裾を軽く持ち上げて頭を深く下げるフラン。 そしてジェットは青い空色の瞳を厳しく輝かせ、頭を上げると女王に言い願った。 「女王、お願いがあります」 「何です?ジェット。改まって」 「ここにいる花の精フランを、訳あってここに暫くの間、置いてやって欲しいんです」 「女王様、申し訳ありません。わたしの勝手でこのような神聖な場に、 わたしのような余所者がお邪魔するなんて・・・以ての外だと、承知の上で参りました」 フラン、ジェット、女王蜂を囲むように再び働き蜂の輪が象られ、彼らは固唾を飲んで、 何やら深刻な3人の様子を見守り、先程の騒ぎは嘘のようであった。 暫く無言で居た女王蜂も二人の真剣な生差しに動かさたようで、静かに口を開く。 「私はこの春に多くの子供を残さねばなりません。その為、ジェットを含む大勢の働き手が必要なのです。 その妨げにならぬように。もし、支障を来すことがあればどんな理由が有ろうとも、その時は即刻・・・」 言葉の最後を聞く前に、ジェットはフランに一瞬視線をやり、また女王見やって強く意見を述べた。 「もちろん承知しています。俺は・・・俺達は女王有っての俺達ですから・・・」 「そうですか、分かりました。では、詳しい事情は奥で聞きましょう。ジェット、フラン嬢をご案内しなさい」 「女王、ありがとうございます」 「女王様、有り難きお言葉、感謝いたします」 気品溢れる物腰の女王蜂は、ゆっくりと彼らに背を向けて、再び巣(城)へと戻って行き、 二人は重くのし掛かっていた緊張を解いて、その後に続いた。 |
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