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+++ ある春の物語---第一章 +++

----------- 『出逢い編−10−』 ----------


「やぁ、お姫様。久しぶりだね」
この場にそぐわない余裕の笑みに、フランは暫し呆然とした。
「あなたはこの間の・・・・・」
「し!ここから連れ出してやるよ。約束だからな」
初めて出逢った時の約束を果たしてやると言うミツバチに、顔を強張らせて声を曇らせた。
「ダメよ。そんな事をしたらまた・・・」
「じゃ何かい?ここでじっとしていて、幸せが訪れるとでも思うのかい?」
「・・・・それは・・・・」
事の成り行きをどれだけ知っているのか分からないが、少なくともこの現状を知る者の言葉であった。
「でも、みんなを巻き沿いにしてしまうわ」
「それは今も先も同じ事だろ?」
「・・・・・・」
「俺は女王蜂の世話で忙しいんだ。早く答えを決めてくれ」
そう言ってフランを急かすと、手を差し伸べた。
だが、その手を触れる事なくフランは首を横に振りながら一歩一歩と後ずさりをした。
「それが、あんたの答えか?」
黙ったまま俯くフラン。
「こんな事は言いたくなかったが、あんたの兄さん、ジャンって言ったっけ?」
と、そこまで耳にするとフランは頬に明かりが射したように色付き、ジェットに歩み寄った。
「兄さんを見掛けたの!?」
「ああ・・・」
ジェットの声のトーンが下がったのに気付き、不安げに眉を潜めたフランが恐る恐る確認した。
「兄さんは・・・元気・・だっ・・た・・・?」
「・・・・あんたの兄さんは東側の谷底で・・・」
最後の言葉まで耳にする事なく、フランは気を失った。

もうすぐ夜明けが来てしまう。飛び回っては直ぐに見つかってしまうし、
気を失ったままのフランを直ぐに休ませなければならず、あまり遠くへは運べなかった。
再び泉のある森へと向かい、緑の覆い茂る草の元へ横たえた。
「取り合えずこの場に身を隠せば・・・」
ジェットは一人腕を組んで頭を捻らせている。
「さて、これからどうするか・・・」
そして東の空がうっすらと光を差し始めて薄暗い森を照らし始めた。

その頃、ジョーは蕾の中で眠れない夜を過ごしていた。
頭の中はフランの事で溢れていて、時より寝返りを打ちイワンの言葉を思い出していた。
外が薄明るくなったのに気付いて、普段は陽が昇り切って泉を真上から照らす時刻になるまで
蕾から出る事はなかったのだが、今日は珍しく早朝に蕾を這い出た。
「・・・静かだ」
穏やかな泉の水面には、消え遅れた幾つかの星が映し出されていた。
天を見上げ、取り残された星達に向かい、話しかける。
「早くお帰り・・・みんなが心配するよ」
その星達を包み込むように太陽が光を放ち闇を溶かしてゆく。
眩しく目を細め、春も半ばに差し掛かった陽の光を浴び、ジョーは思った。
「僕にしかできない事だって、あるかも知れない」
そう言って、硝子の破片で何やら作り始めた。
拾ってきた小石で自分と同じくらいの大きさの硝子の破片を少しずつ砕き、
静かな森はカツンカツンと硬い音が響き渡った。
リズミカルなその音は暫く続いていたが、ジョーの「後は仕上げだ」の呟きを境に静かになった。
その代わりに、硝子を磨いているような音が聞こえ始めた。
額から汗を流し、汗を腕で拭い払い、そして硝子を研磨し続ける。
時の過ぎるのも忘れ、ひたすらその行為に没頭していた。
やがて硝子を擦る音も消え、頬まで伝う汗にふぅーと溜息をついた。
作業が終わった頃にはすっかり薄暗くなっていて、
丸一日で仕上げたようには見えない硝子のそれを満足そうに見つめた。
「初めてにしては上出来かな?」
そう言って、軽くそれを成らす為に数回伐つ真似をして木の皮で造った物の中に硝子のそれを納めた。

朝からの硝子を叩く音に怪しんでいたミツバチのジェットが、音の元を探して飛び回っていた。
そしてその正体を要約突き止めると、ジョーの真上でその様子に見入っている。
もちろん、そんな事は全く気付いていないジョーであって、汗を拭った丁度その時、
顔を上げた動作で、何者かの視線に気付いた。
「「・・・・誰?」「そこで何してる」」
二人の声が同時に発せられ、互いの目を見合って動かずにいた。
「お前も奴等の仲間か?」
「仲間・・・?」
そう言うが否や、突然戦闘態勢になったジェットは真っ逆様にジョー目掛けて突撃してきた。

「やめて!!!」
フランの声が響いた時既に遅し、ジョーは腕にジェットの毒針の攻撃を受けてしまった。
「うっ・・・」
蹲るジョーに駆け寄るフラン、傷口にあの時触れた柔らかな唇を当て、毒を吸い出していた。
ジョーの右手には仕上がったばかりの硝子の剣が握られていたが、
その剣をジェットに振り上げる動作一つ起こす気がなかったように見受けられた。
木の皮で造った鞘にしっかりと納められていたのだ。
「何故、剣を抜かん!?」
その問いにジョーは顔を顰めながら、答えた。
「だっ・・て、君は悪い人じゃないから・・・」
その言葉に唖然と立ち尽くすばかりのジェットだった。

フランは自分のベビードールのような透明感のあるドレスの裾を少し破くと、
ジョーの傷付いた腕に巻き付けた。
「少しきついけど、ごめんなさい」
細いフランの腕にしては、力のこもる作業に、その慣れを感じた。
「ありがとう、フラン。それにしても、君はいつも突然現れるんだね」
ジョーは屈託のない笑みを浮かべそう言うと、側にいた二人の緊張は不思議と解けた。
「知らなかったとは言え、悪かったな」
すまなそうに頭を掻きながら、ジョーに訊ねた。
「何故、俺を敵と思わなかった?」
「だって誰かを守ろうとする目に、悪い人は居ないでしょ?」
そう言ってまたあどけない顔をさせる。
「君はフランの事が好きなんだね」
唐突な言葉に一瞬凍り付きそうな空気をジェットが破った。
「何言ってんだお前!?」
「え?違うの?」
「そういう事じゃなくてなっっ!」
焦るジェットの表情はその胸の内を見透かされ、照れ隠しをして怒鳴っているようにも見えた。
「お前・・・そう言う事は隣にいるヤツの気持ちを知ってから言えよ」
傷を気遣ってジョーに寄り添うフランから目を逸らして、ジェットは言った。
その言葉に隣にいるフランの顔をじっと見つめて二人は沈黙になり、言葉の代わりに二人の頬は紅を差した。
二人の様子に呆れ顔のジェットは、首を竦めて口元にいつもの笑みを浮かべていた。
「俺はジェットだ。見ての通りミツバチだ」
「僕はジョー」
二人は硬く手を取り合った。



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