<< Back   Next >>

+++ 輝きの欠片−第6話− +++

フランソワーズが部屋に隠りきりになってどの位経ったのだろう。
笑うことも声すら出すこともせず、ただ黙って外を見ているだけの歌を忘れたカナリアのようだった。
すっかり傷の具合も良くなったジャンが、そんなフランソワーズを心配しドア越しに声を掛けた。
「フラン。どうだ、たまには一緒に外でも歩かないか?」
「・・・・・・」
もちろん返事はなかった。だがそのまま言葉を続けた。
「なぁ、フラン。ジョーはお前を助けるために戦ったんだ。
そんなジョーの事だ、お前がこんな状態だと知ったら悲しむだろうよ」
静まり返った部屋の奥から、猫の仔が鳴くような声が聞こえた。
「・・・・いわ・・・」
「ん?なんだい?」
「もう、聞こえないわ」
「何が聞こえないんだ?フラン」
猫の仔のような声がドア越しに聞こえてきた。
「ジョーの声が聞こえないの」
カチャ・・・。何日振りに自らドアを開けたのだろうか。

「フラン・・・」
青ざめた顔が心痛を伺わせる。
「ジョーの声が聞こえないって、そりゃー、ジョーはもう・・・」
「違うわ!!」
ジャンの言いかけた言葉を打ち消すかのように、フランは叫んだ。
「ジョーは生きているの。生きて、わたしの頭の中で話しかけてくれていたの。
でも、その声が最近聞こえなくなって・・・」
あっという間に蒼い瞳に涙が溢れ、真珠のような粒がポロポロ流れて落ちた。
「うう・・・・・」
ジャンは黙ってフランを抱きしめた。細い体は以前よりもっと儚げになっていた。




ある日の早朝、元魔法学園でフランソワーズの担任だった教師がフランソワーズを訊ねてきた。
「おはようございます。こんな朝早くから申し訳ありません」
「いえ。何のご用でしょう?」
ジャンが対応している声がフランソワーズの部屋まで聞こえてきた。

「実はですね、先日フランソワーズさんが魔法人に合格いたしまして、
その証であるこの水晶の玉をお渡し願いたくて参りました」
小さな水晶の玉が入っているであろう木箱のケースはずっしりと重く感じられる。
「こんなに重たい物なのですか。この水晶とやらは?」
「はい、フランソワーズさんの魔力がぎっしり詰まった水晶玉ですから」
「そうですか・・・」
でも、フランソワーズはきっと受け取りませんよ、と言おうとし、留まった。
「こんな時に申し訳ありませんでした。ですが、彼女の夢でもありましたし、
このまま放置しておく訳にもいかず、足を運ばせていただきました」
「そうでしたか。わざわざありがとうございました」

ジャンの足音が自分の部屋に近付いてくると分かると、ベッドに潜り込んでしまった。
トントン、ドアをノックする。
「フランソワーズ、聞こえただろ?お前の力の証だ」
「要らないわ!そんな物。わたしが・・・わたしが魔法人になりたいなんて夢を持ったから
ジョーが・・・ジョーがあんな目に・・・」
「そんなことはないさ。あんまり自分を責めるなよ」
そう言って水晶玉の入った木箱のケースをフランソワーズの部屋の前にそっと置いた。

しばらくして、ドアが開いた。
「ごめんなさい、ジャン兄さんまで迷惑をかけて」
「構わないよ。それよりどうだ、体調は?」
「ええ・・・大丈夫よ」
テーブルには温かいアップルティーが用意されていた。
当たり前のようにフランソワーズが部屋から出てくると思ってのことだ。
「ありがとう、ジャン兄さん」
椅子に座り甘い香りのするカップを手で包み込んだ。
「いい香り・・・」まったりとした香りに酔いしれているよう。

「フラン、その・・・気になっているんだが、お前の頭の中で声がするって言っていたね」
気まずそうなジャンの声に、気が付いていないわけでもないフランソワーズが口を開いた。
「ええ、聞こえていたの。ずっとわたしを励ましてくれて、いつもと変わらないジョーの声が、ね」
「その・・・それはお前がそう思っているだけで・・・」
妹の異様な話を信じ切っていないジャンが言葉を言いかけたがすぐにフランソワーズが否定した。
「本当なのよ。ジョーはわたしの中で生き続けているの。多分・・・今も」
「そうか・・・そうだよな」
「大丈夫よ、わたし。もう・・・大丈夫」
無理に笑ってみせているわけでもないその姿が、やけに痛々しく映った。
ようやく吹っ切れたとでも言うのか、恋人の死を。最初はそう思っていた。
「ご馳走様。後はわたしが片付けておくわ。兄さんは仕事があるのでしょう?」
「ああ・・・そうだな、そろそろ時間だ。行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、気を付けて」
以前よりもトーンは低めの笑顔ではあるが、笑っているフランソワーズを見るのは久し振りだった。
ジャンが気を利かせて部屋の前に置いてくれた、水晶玉の入った木箱を手に取ってみた。
「重たいわ・・・すごく・・・」
黙ったまま箱を開いてみる。
(わたしは今まで何をしてきたんだろう。こんな力の為に愛しい人を亡くしてしまった・・・)
うっすらと浮かぶ涙が淡く光る水晶玉に映し出された。
その時、水晶玉に自分と一緒に映るジョーの姿に気付いた。
「ジョー・・・」

『僕はいつも君と一緒だよ』
ジョーの声が久し振りに頭の中で聞こえた。
「ジョー、お願い戻ってきて。戻ってきてわたしを抱きしめて、お願い・・・」
真珠のような涙が後から後から溢れて、水晶玉に雨を降らせている。
『いいかい?フランソワーズ、僕は永遠に君の中に存在するんだ。
悲しい事なんてないんだよ。だから、君は自分の夢を実現させるんだ、分かったかい?』
「わたしの夢?」
『そうだよ、僕らが憧れてきた魔法人に君はなれたんだから、その力を生かさなくちゃ』
「でも、ジョーの居ない世界なんて、わたしにはあり得ないわ・・・」
『そんな事を言っちゃダメだよ。さっきも言ったろ?君と僕は共に生きているんだから』
「でも、ジョーに触れる事が出来ないわ。ジョーだってわたしに触れてくれない」
『心で感じるんだ。寂しい時、悲しい時、辛い時、僕は君を助けに行くよ』
「ジョー・・・」
そうして水晶玉に映し出されたジョーの姿も、頭の中で話し掛けてくれた声も消えてしまった。



<< Back   Next >>
<< Menu >>