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+++ 輝きの欠片−最終話− +++

あれから5年の年月が過ぎた。
魔術で人の命を救うことは許されていなかったけれど、
その力によって危険にさらされている多くの人々を救うことが出来た。
「ジョー、今のわたしはこんなにも充実しているわ。ありがとう」
晴れ上がった空を見つめ、形を変えながら流れてゆく雲をジョーに例えて呟いていた。
魔力に満ちた水晶玉は肌身離さず持ち歩いている。
魔法学園が無くなってから、魔法人として社会に出る者はもう無かった。
理由は簡単だ。悪の組織ブラックゴーストが消えたからだ。
あの時の出来事は、ほとんどの人が忘れかけている。それほどまでに平和だったのだ。

街を歩いていると、路地裏から子供の真剣な話し声が聞こえてきた。
「ホントなんだってば!ママの持っていた魔法の玉からパパが出てきたんだ」
「そんな作り話、子供だって信じないぜー。あははは」<君たちは歴としたお子様だ。
「嘘じゃないよ、本当だもん」
子供の真剣な目をフランソワーズは疑わなかった。
「ねぇ、僕、そのお話、お姉さんにも聞かせて貰えないかしら?」
「うん!いいよ!」
真っ直ぐに見つめ、目を輝かせている少年の瞳に嘘は感じられない。
「えー、お姉ちゃん、こいつの嘘なんて信じちゃダメだよー」
「あら、嘘かどうかは聞いてからじゃないと分からないわ。ね?聞かせて」
にっこりと穏やかな微笑みに子供たちは一瞬戸惑ったが、こくりと頷き一緒に話に聞き入った。

「あのね、僕のママはね、魔法人って言うんだ。
それでね、僕がね、生まれる前にパパは死んじゃったんだけど、
この間ね、ママの持ってた魔法の玉がね、あんまり綺麗だったから、
黙ってちょっとだけ借してもらったんだ。それでね、遊んでるうちに魔法の玉をね、
落としちゃったんだ」

「それから、どうしたの?」

「僕ね、びっくりしちゃって逃げ出しちゃったんだよ。
だってね、ママの大切にしてた魔法の玉ね、二つに割れちゃったんだ」

「うん、それから?」
フランソワーズの顔も真剣になった。

「そしたらね、男の人がね、その玉から出て来ちゃったの。
怖かったんだけど、すごく優しい顔をしててね、僕の名前を呼んだんだ。アルベルトって」

「それで?」
もっと身を乗り出して聞き入るフランソワーズ。
その頃、他の子供たちは呆れて何処かへ遊びに行ってしまっていた。

「それがね、パパだってママが教えてくれたんだ。
ママね、もう魔法は使えなくなっちゃったんだけど、僕は凄く嬉しいんだ。
だって、パパが一緒に居てくれるんだもん」
そこまで言い終えると、もう帰らなくちゃパパとママが心配するからと、走り去った。
明るく手を振りながら、お姉ちゃんまたね、と。

子供の話に嘘はないとは思ったが、そんなことがあり得るのだろうか?と、
腑に落ちないままペンダントトップとなっている水晶玉を握りしめた。
魔法学園の教師にその話を聞いて貰えば手掛かりは掴めそうだが、
今はもうその当時の教師たちのほとんどがこの街を離れ、居場所すら分からない状態だった。

自宅へ戻るとリビングの椅子に腰掛け、黙ったまま水晶玉を見つめていた。
丁度ジャンが仕事から戻り、その様子に気が付いた。
「ただいまフラン。どうしたんだ?思い詰めたような顔をして」
フランソワーズを和らげようと、悪戯な微笑みを見せた。
「ジャン兄さん、わたし・・・わたし・・・」
「ん?なんだい?」
「わたしは、もうやるべき事はやったかしら?」
「どうしたんだ急に?」
ジャンの悪戯な微笑みが引きつってしまった。
「わたしの魔力は、もう必要ないかしら?」
唐突な言葉に一瞬固まるジャンだったが、妹の気持ちを思えばもう良いだろうと頷いて見せた。
「良いんじゃないか?自分が納得行くまでやったならば」
「そうね・・・ジョーと約束しちゃったから、夢を叶えるようにって。
それで、本当にわたしは夢を叶えたのかどうか、誰かに許しを得たかったの」
「ならば、ジョーに聞いたら一番早いんじゃ無いか?お前の心の中に住むジョーにな」
自分の胸に手を当てたフランソワーズは黙ったまま頷いた。
「ありがとう、ジャン兄さん」
フランソワーズはそのまま部屋を飛び出した。
「待っていてね、ジョー・・・」

着いた先は学園跡であった。あの頃の思い出が詰まった学園。
今はもう寂れて蔓草が絡まっている門を、力一杯押して中へ入った。
「懐かしいわ・・・見て、ジョー。あそこでよく二人で話したわね」
「ほらここはジョーが授業をさぼって寝転がっていたところ」
「ここは、始めてジョーと逢った場所」
「ここはジョーがわたしを抱きしめてくれた・・・場所・・・」
涙が一滴零れた。足が震える。
「ジョー・・・ジョー・・・」
魔法人の証である水晶玉のペンダントを思い切り引っ張ると金色のチェーンが、
キラキラと太陽の光に弾けて飛び散ってゆく。
そして魔力の満ちた水晶玉を石畳に力一杯投げつけた。
「さようならわたしの力・・・」
スローモーションのようなスピードで粉々に散る水晶玉が、七色に輝き飛び跳ねた。
そして、その光の中から見慣れた人物がうっすらとその姿を現しつつあった。
涙で曇った人影は次第にはっきりとしてきてフランソワーズを抱きしめた。
「逢いたかったよ、フランソワーズ」
言いようのない喜びがフランソワーズを包み込んでいった。
それはとても暖かくて、懐かしくて、今まで自分が欲していた温もりだった。
「普通の人間に戻ろう・・・」
そう言って暖かいキスを交わす。永遠の幸福を誓い合って。
二人の足下には散り散りになった欠片が昼間の星のように輝いてきた。



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