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+++ 永遠のかたち 第8話 +++

フランソワーズは自分の弱さに苛立ち、
言ってしまった言葉への後悔で胸が引き裂ける思いがしていた。
「何故あんな事を言ったしまったの・・・?こんなに・・こんなに彼を想っているのに・・・」
ただ、浮かんでくる事はアリスとジョーの過去の事ばかり。
幼いながらも惹かれ合っていたに違いない二人に何らかの絆を感じ、
二人の間に横入りしてきた自分の居場所を見付けられずにいるのだ。

「邪魔をしているのは、本当にわたしなのかも知れない・・・」
分からない、分からないわ・・・どうしたらいいの。
こんなに側にいるのに、彼を諦めなければならない。
何故こんな残酷な出逢いを、神様は、わたしに授けたのかしら?
こんな辛い出逢いなら、あの時わたしは失敗作として、この世から消えてしまえば良かったんだわ。
アリスの大きな黒曜石のような瞳の真剣な生差しは、嘘ではなかった。

――― あたし、時間がないの。あなたが邪魔なのよ ―――

時間が無いって、どう言う事なのかしら・・・?
あんな過去をわたしに見せるなんて・・・通常の人間には出来っこない。
彼女は一体何者なの・・・?もしかして・・・ブラックゴースト?
何の為に?わたしとジョーの関係を壊したところで何も起こらないのに何故そんな事を?
ジョーに話すべき?でも、もしジョーが彼女との事を思い出したとしたら、
もしかして、それがブラックゴーストの何らかの罠だったら?
言えない・・・言えない・・・言ってはいけない・・・それでも、話さなければならない・・?
ああ・・・わたしはどうすれば・・・神様、わたしを、わたし達を助けて・・・。

眠る事の出来ない、長い夜が訪れる。
普段なら、一日一日が早過ぎて、ジョーと共に過ごす日々が早過ぎて、
もっともっと、と、欲張りになってゆくのに。
今日は、何処か遠くへ行ってしまいたい、そんな思いに駆られていた。

翌朝、ただ途方に暮れるだけのジョーは、アリスと出逢った浜辺へと足を運んでいた。
「フランソワーズ・・・一体どうしたんだろう?いつもならあんな事言うはずなんて無いのに・・・」
「ジョー」
フランソワーズの声だと思って、笑顔混じりに振り返る・・・が。
「あ・・アリス・・」
「ふふっ、フランソワーズにはそんな顔を見せるのね!」
「いや・・そう言うわけでは・・・」
「そう言う言い訳してるジョーの顔も好きよ!」
「・・・・アリスぅ・・・」
少々困り気味なジョーの表情。
「ねぇ、フランソワーズと何かあったんでしょ?」
「え?何故!?」
「何となくそんな気がしただけ」
「・・・・ん・・」
「良かったら、あたしが相談に乗ってあげてもいいわよ」
「いや、相談するような事でも無いから」
「あら、あたしじゃ役不足なの?」
「そう言うんじゃ無いんだよ」
「ジョーって昔からそうよね、女の子にはてんで弱いのよ」

少しの沈黙に潮風がゆらりと二人を包み込んでいた。
足下には浜辺に恋する波が愛おしそうに寄せては、寂しげに引いて行く。

「海・・・人物に例えると、そうね・・・今のあたしが海なら、波はジョー。
 浜辺はフランソワーズって感じかしら?」
「なんだい?それ」
「あのね、波は浜辺に恋しているの。だから何度も何度も寄せてくるのよ。
 だけど、浜辺は海が波の事を好きだって知ってるから、気を利かせて返してしまうの」
「・・・・」
「フランソワーズは、あたしに気を遣ってるんだわ。それに・・妬いてる」
「・・・・」
「どうしようもない気持ちが大きくなって、自分を見失ってしまってるんだわ」
「・・・・」
「ジョーが、しっかり支えて上げないとダメじゃない」
「どうしてそれを・・・?」
「あたし、フランソワーズにあたし達の過去を教えてあげたの。
 ジョーは覚えてる?あの洞窟での出来事・・・」
「洞窟・・・・?」
「そう。ジョーが、秘密基地だって言って、二人でこっそり教会を抜け出して探検に行ったのよ。
 そこで起こった事故・・・」
「あの時僕は・・・・・・あぁ、そうだね、探検しに行ったんだ。でも、事故って・・・」
「覚えていないかも知れない、ジョーは酷くショックを受けてしまったから」
「・・・・・」
「あの事故であたしは意識不明になって入院してしまった・・・」
「!?」
驚きを隠せないジョーは、声を失い、栗色の視線はアリスに釘付けになった。
「でも、心配しないで。こうして今あたしはジョーの前に居るでしょ?」
「・・・・ごめん・・・」
「ふふふ」

アリスは、その時の出来事を鮮明に話し始める。
危険な場所に浸入した事や怪我をしたアリスの事で、ジョーは神父様からとがめられ、
マリア像の前で、アリスの無事を祈り、そしてひたすら懺悔に跪いていたのだ。
どの位の月日が経ったであろうか?
アリスがふっと現れて、祈りを捧げるジョーの後ろ姿を見付け、声を掛けて写真を撮った。
「ジョー、ただいま」そんな言葉を投げ掛けて。
二人はその日を境に、前にも増して仲睦まじくなっていった。
大きくなったらあたしをお嫁さんにしてね!
体に残った大きな傷を知り、ジョーは黙って頷いていた。

やがて、二人が就学するほどの年齢になると、アリスは子供の居ない夫婦に養子として招き入れられた。
それ以来二人は顔を合わせる事もなくなったのだ。
やっと出逢えたのが、あの七夕の日。
アリスのささやかな約束事として、ジョーと離れる日にこう告げたのだった。
「いつか、ジョーの願いを聞いてあげるからね!また逢おうね!」
二人は笑顔で別れる約束になっていた。
だが、アリスの瞳からは大粒の涙が幾つも幾つもこぼれ落ちて、ジョーは為す術もなく、
小さくなって行くアリスの姿に、いつまでも立ち竦み見送っていた。
「さようなら・・・」




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