再びフランソワーズが目を覚ますと、ジョーが心配そうに自分を抱きかかえていたところだった。 「ん・・・」 「あ、気が付いた?大丈夫?」 「ええ・・大丈夫・・・わたし・・どうしたの?」 「あの場所で、君は倒れていたんだ。びっくりしたよ」 「倒れて・・・?」 「うん。もう平気?」 ― 今さっきの出来事は夢だったのかしら・・・? 「ごめんね、あんな日差しの強い所で君を待たせてしまったから・・・」 熱射病でフランソワーズが倒れたのだと思ったジョーは、 木陰でずっと彼女の事を抱き留めていたらしい。 ジョーの腕からゆっくり体を起こし、ふと視線を落とすと ブラウスの胸元のボタンが幾つか外されているのに気付いた。 フランソワーズははっとして胸元を隠す。 「あ、ごめん・・・その・・それは・・・えっと・・・あの・・」 視線を逸らしてあたふたとしているジョーに、フランソワーズは彼の優しさを感じ、 それとは逆に先程目にした光景とで、胸が潰されそうになっていた。 「ありがと・・う・・・」 ― あれは夢じゃなかった・・・わたしは確かにこの目で、ジョーとアリスさんの過去を見た。 「う、うん・・・」 「ねぇ?アリスさんは?」 服の乱れを整えながら背中越しに声を掛ける。 「え?」 アリスの事を唐突に聞かれたジョーは一瞬不思議そうな顔をしていたが・・・。 「・・・・・あ、いえ、何でもないわ。気になっていた事って何だったの?」 「うん、そのアリスの事なんだけど。こんな物があったんだ」 そう言って、ポケットから二枚の写真を取り出した。 「これは・・・」 「僕の幼少の頃の写真。倒れた本棚の本の間を一冊一冊調べたんだ。 あんな火事の中、それだけが残っていたよ。殆どが真っ黒な灰になっていたんだけどね」 一枚にはフランソワーズと先程出逢った過去のジョーが、マリア像の前で両手を組み合わせて 祈りを捧げているようにみえた。そして、誰かに声を掛けられて振り返った瞬間のような・・・。 もう一枚には同じくジョーともう一人・・・女の子が映っていた。 色あせた写真だったが、大きな瞳がアリスだと主張しているようだった。 ― やっぱり夢じゃない・・・。 「何故・・本棚を?」 「昨夜夢を見てね。アリスが出てきて、本棚で何かを探していたんだ。 で、僕が声を掛けたら、すごく哀しそうな瞳をしていて、こう言ったんだ。 ‘あたしの過去を頂戴って’何だかそれが気になってね・・・」 「そう・・」 一瞬重い空気を含んだ風が、二人の間を笑いながら駆け抜けた様に思えた。 「どうしたの?フランソワーズ?まだ気分でも悪い?」 「いいえ。何でもないの」 「立てる?」 フランソワーズは優しく差し伸べるジョーの手に、気付かない振りをして体を起こした。 「それで、これからどうするの?」 「ん・・・・僕にも解らないんだ。アリスが何処にいるのかも知らないし・・」 「それを知ったら、あなたはどうするの!?」 ジョーへと向き直って、ジョーの胸倉を掴むように、脅えたような瞳で何かを求めた。 何かを・・・何を・・・何なのかを・・・・。 「どっ、どうって・・・まだ・・何も・・・」 フランソワーズの突然の行動に驚いたジョーは、その問いに答える事が出来なかった。 「・・・ごめんなさい・・わたし・・・」 「?」 「ごめんなさいっ!」 ジョーを振り切ってフランソワーズは朽ちた教会の反対側へと走り出した。 「待って!フランソワーズ!」 走り出したフランソワーズに追い付くのは容易い事だった。 彼女の腕を掴んで呼び戻し、自分の方へと半ば強引に引き寄せ向き直らせた。 「どうしたって言うんだ!?一体何があったの?」 「いやっ!触らないでっ!!」 掴まれた腕を振り払い、泣き崩れる彼女にどう接したらいいのか・・・。 ただ立ち尽くすだけのジョーだった。 「取り合えず、落ち着いて、フランソワーズ」 穏やかな彼の声が心を癒す・・・そして自分を責めた。 ジョーに当たったって何もならないのに・・・バカっ。 「研究所へ戻ろう。ね?」 フランソワーズは黙って頷いた。 車の中でも一言も声を発することなく帰路に就いた。 研究所へ着くとフランソワーズはそのまま自分の部屋に隠りっきりになり、 同じ屋根の下で別々の時間を過ごした。 少しずつ積み重ねてきた二人の時間を、こんなにも簡単に傷付けるアリスの存在は 彼女にとって大きな大きな障害になっていた。 「こんなに脆い関係なら、さっさと壊れてしまえばいいんだわ」 そんなアリスの声が聞こえたような気がして、フランソワーズはベッドに小さく潜り込んだ。 |
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