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+++ 永遠のかたち 第6話 +++

再びフランソワーズが目を覚ますと、ジョーが心配そうに自分を抱きかかえていたところだった。
「ん・・・」
「あ、気が付いた?大丈夫?」
「ええ・・大丈夫・・・わたし・・どうしたの?」
「あの場所で、君は倒れていたんだ。びっくりしたよ」
「倒れて・・・?」
「うん。もう平気?」
― 今さっきの出来事は夢だったのかしら・・・?
「ごめんね、あんな日差しの強い所で君を待たせてしまったから・・・」
熱射病でフランソワーズが倒れたのだと思ったジョーは、
木陰でずっと彼女の事を抱き留めていたらしい。
ジョーの腕からゆっくり体を起こし、ふと視線を落とすと
ブラウスの胸元のボタンが幾つか外されているのに気付いた。
フランソワーズははっとして胸元を隠す。
「あ、ごめん・・・その・・それは・・・えっと・・・あの・・」
視線を逸らしてあたふたとしているジョーに、フランソワーズは彼の優しさを感じ、
それとは逆に先程目にした光景とで、胸が潰されそうになっていた。
「ありがと・・う・・・」
― あれは夢じゃなかった・・・わたしは確かにこの目で、ジョーとアリスさんの過去を見た。
「う、うん・・・」
「ねぇ?アリスさんは?」
服の乱れを整えながら背中越しに声を掛ける。
「え?」
アリスの事を唐突に聞かれたジョーは一瞬不思議そうな顔をしていたが・・・。
「・・・・・あ、いえ、何でもないわ。気になっていた事って何だったの?」
「うん、そのアリスの事なんだけど。こんな物があったんだ」
そう言って、ポケットから二枚の写真を取り出した。
「これは・・・」
「僕の幼少の頃の写真。倒れた本棚の本の間を一冊一冊調べたんだ。
 あんな火事の中、それだけが残っていたよ。殆どが真っ黒な灰になっていたんだけどね」
一枚にはフランソワーズと先程出逢った過去のジョーが、マリア像の前で両手を組み合わせて
祈りを捧げているようにみえた。そして、誰かに声を掛けられて振り返った瞬間のような・・・。
もう一枚には同じくジョーともう一人・・・女の子が映っていた。
色あせた写真だったが、大きな瞳がアリスだと主張しているようだった。
― やっぱり夢じゃない・・・。
「何故・・本棚を?」
「昨夜夢を見てね。アリスが出てきて、本棚で何かを探していたんだ。
 で、僕が声を掛けたら、すごく哀しそうな瞳をしていて、こう言ったんだ。
 ‘あたしの過去を頂戴って’何だかそれが気になってね・・・」
「そう・・」
一瞬重い空気を含んだ風が、二人の間を笑いながら駆け抜けた様に思えた。
「どうしたの?フランソワーズ?まだ気分でも悪い?」
「いいえ。何でもないの」
「立てる?」
フランソワーズは優しく差し伸べるジョーの手に、気付かない振りをして体を起こした。
「それで、これからどうするの?」
「ん・・・・僕にも解らないんだ。アリスが何処にいるのかも知らないし・・」
「それを知ったら、あなたはどうするの!?」
ジョーへと向き直って、ジョーの胸倉を掴むように、脅えたような瞳で何かを求めた。
何かを・・・何を・・・何なのかを・・・・。
「どっ、どうって・・・まだ・・何も・・・」
フランソワーズの突然の行動に驚いたジョーは、その問いに答える事が出来なかった。
「・・・ごめんなさい・・わたし・・・」
「?」
「ごめんなさいっ!」
ジョーを振り切ってフランソワーズは朽ちた教会の反対側へと走り出した。
「待って!フランソワーズ!」

走り出したフランソワーズに追い付くのは容易い事だった。
彼女の腕を掴んで呼び戻し、自分の方へと半ば強引に引き寄せ向き直らせた。
「どうしたって言うんだ!?一体何があったの?」
「いやっ!触らないでっ!!」
掴まれた腕を振り払い、泣き崩れる彼女にどう接したらいいのか・・・。
ただ立ち尽くすだけのジョーだった。
「取り合えず、落ち着いて、フランソワーズ」
穏やかな彼の声が心を癒す・・・そして自分を責めた。
ジョーに当たったって何もならないのに・・・バカっ。
「研究所へ戻ろう。ね?」
フランソワーズは黙って頷いた。

車の中でも一言も声を発することなく帰路に就いた。
研究所へ着くとフランソワーズはそのまま自分の部屋に隠りっきりになり、
同じ屋根の下で別々の時間を過ごした。
少しずつ積み重ねてきた二人の時間を、こんなにも簡単に傷付けるアリスの存在は
彼女にとって大きな大きな障害になっていた。

「こんなに脆い関係なら、さっさと壊れてしまえばいいんだわ」
そんなアリスの声が聞こえたような気がして、フランソワーズはベッドに小さく潜り込んだ。



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