その夜は二人で借りてきた数本の映画を観ながらリビングで過ごした。 お互いの部屋でそれぞれに眠りに就くだけじゃ、何か物足りなかったから。 一緒に過ごす大切な時間。もちろん、二人の間をまた少し縮める大切な時間である。 映画を観ながら、一瞬、脳裏にアリスの言葉が浮かび上がる。 ‘僕の昔・・・’ 彼女は一体何がしたかったんだろうか? また来るって言ってたな。本当かな・・・? 何本めかの映画の中盤頃、肩にこつんと当たる物に気付く・・・。 フランソワーズ・・・寝ちゃったのかな? 肩に掛かった彼女の柔らかな髪からは、鼻を擽るようなシャボンの香りがした。 その香りに微睡むように目を閉じ、頭を重ね合わせる。 「フランソワーズ・・・好きだよ」 彼女には聞こえているのかいないのか・・・。 夜は静かに深みを増していった。 朝の光に気付いたジョーは、その眩さに目を強張らせた。 「ん・・あれ?フランソワーズ?」 眠たげな目を擦りながらリビングのソファから起き上がると、キッチンから甘い香りが漂ってきた。 「おはよう、ジョー」 「おはよう。早いね、フランソワーズ」 「昨夜は先に寝ちゃって、ごめんなさい」 「ううん、僕もその後直ぐ眠ってしまったみたい」 「じゃ、二人してエンディングを観てないのね」 「あ〜、そうだね。じゃ今日は続きから観る?」 ちらっと向けられたフランソワーズの視線がジョーと絡み合う。 一瞬の沈黙の後、フランソワーズがそれを解いた。 「起きて直ぐだけど、朝食食べられる?」 「うん、大丈夫」 テーブルに並べられた食事。スクランブルエッグに色鮮やかなサラダ。芳ばしい香りのカフェ。 それに、フレンチトースト。甘い香りの正体はこれかぁ。 心の中でそんな呟きを漏らして、人差し指で甘いシロップを一足お先に失敬してみた。 「おいしいっ」 「まぁジョーったら摘み食いなんかして!さ、座って?」 「うん、頂きます!」 何気ないささやかな時間、二人の距離はますます縮まる・・・。 朝食を終えるとシャワーを浴びてくると言って、バスルームに向うジョー。 しばらくして、シャワーの音と生温かな湯気の隠るバスルームから、 ジョーの声が大きく響いてきた。 「ねぇ、フランソワーズ!」 「なぁに?」 「今日、予定ある?」 「ん〜・・・特に無いけど、何か?」 「ちょっと付き合って欲しい所があるんだ」 「いいわよ」 「じゃ、直ぐに出るから待ってて」 「ええ」 バスタオルを頭から被り、子犬のように栗色の髪から水飛沫を飛ばしてバスルームから出て来た。 ジョーはリビングで後片づけを済ませたフランソワーズの姿を見付けて、後ろから抱き締める。 突然の事でびっくりして声も出ないで居る彼女の耳元に、囁くように気持ちを伝える。 「心配掛けさせて・・・ごめんね・・」 ドクン・・ドクン・・ くすぐったいような胸の奥から込み上げる鼓動が、何とも言えぬほど心地良い。 そんな感情を抱いたフランソワーズは廻されたジョーの手にそっと触れ、 黙ったまま首をこくんと縦に振った。 「いこっか」 「乾かさなくて良いの?髪」 「う〜ん・・・そのうち乾くよ」 濡れた髪を掻き上げながら微笑むジョーの表情は、 たった今、フランソワーズの胸を高鳴らせたとは思えぬ、あどけなさ。 「まあっ、ジョーったら・・」 行き先を告げることもなく、車に乗り込む二人。 敢えて目的地を聞く事のないフランソワーズ。何故か胸騒ぎを覚えていた。 何処へ・・行くのかしら? 胸の奥で詰まらせた言葉を脳裏で呟いて、ハンドルを握るジョーの横顔を見つめた。 ちょっとしたドライブ気分なのか、ジョーは終始笑顔でいた。 それとは反して曇りがちなフランソワーズの瞳。 どの位走って来ただろう・・・・? 研究所からはかなりの距離を走行してきたように思われる。 濡れていたはずのジョーの髪は、とっくに乾いていた。 辺りは都会で見慣れた背の高い建物など一切謝絶したように美しい自然に囲まれている。 それでいて何処か寂しげな場所だった。 「ジョー?ここは・・・?」 「ここは・・・僕が育った場所だよ」 「え・・・」 車から降りるとジョーは思い出の糸を手繰り寄せるように、遠い目をして朽ちた教会を見つめていた。 「変わってないや、あの時から・・」 フランソワーズもジョーの隣に並んでその朽ちた建物を見つめた。 割れたステンドグラス、黒く焦げ付いた十字架、子供達の悪戯書きがかすかに残る焼け爛れた柱。 色も無くなった寂しげな色彩。けれど、暖かさの残るような不思議な感覚がする。 「ここが、ジョーの育った場所なのね」 「うん。それで、ここで僕は・・・」 サイボーグとして生まれ変わる寸前までの記憶が一気に蘇ってきたのか、ジョーの表情はぐっと堅くなった。 そんなジョーの気持ちを悟り、フランソワーズは心配そうに声を掛けた。 「ジョー?」 「大丈夫だよ」 「・・・・・」 ここに来るって事は、やっぱり、アリスさんの事が気になるのね・・・。 言葉に出せずに、フランはまた胸がズキンと傷んだ。 「今にも朽ち堕ちてしまいそうだな。僕、ちょっと行ってくる。 危ないからフランソワーズはここで待っていて」 「あ・・わたしも一緒に・・・」 「ごめん、折角一緒に来て貰ったのに。ちょっと気になる事があるんだ。 直ぐ戻るから、ね?」 「ジョー!」 ジョーは振り返り、笑顔を振りまいてフランソワーズに手を挙げた。 「もうっ、ジョーったら」 むくれた表情をするフランソワーズだが、その胸の内は苦しくて仕方がなかった。 アリスさんの事が気になるだけじゃないのよ。そうよ、分かっているわ。 アリスさんの事を覚えていない、自分自信が気がかりなのよね、ジョーは。 でも・・・でも、わたしは・・・・どうしてこんなに卑屈になってしまうの。 「やっぱり、来てくれたのね」 フランソワーズの耳でしても、気配に気付くことなく彼女はそこに立っていた。 |
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