――― 好き ――― たったその一言を言えずに、その言葉の重さに、どれ程フランソワーズが苦しんでいたことか。 それなのにアリスはその言葉を意図も簡単に発してしまう。 羨ましいのと裏腹にフランソワーズの胸がズキズキと傷んでいた。 中途半端に立ち上がったまま動かないフランソワーズを、ジョーがそっと支える。 「大丈夫?気分でも悪い?顔色が優れないよ」 「ありがとう大丈夫よ」 そう言って、うっすらと涙の溢れそうな瞳をジョーから逸らして、背中越しに二人に伝える。 「ちょっと、休ませて貰うわ」 「うん・・・後で冷たいタオルでも持って行くから」 「ありがとうジョー。ごめんなさいねアリスさん。せっかくいらしてくれたのに」 「ええ。気を遣わせてしまってごめんなさい。あたしこれで失礼するわ」 「え・・あ・・・う、うん」 事の真相を知りたいジョーは、複雑な気持ちであったのは言うまでもないだろう。 「また、お邪魔してもいいかしら?」 「あぁ・・構わないよ。別に。ね、フランソワーズ?」 「ええ。いつでもいらして」 「じゃ、また・・・」 「またね。ジョー、フランソワーズ」 にっこりと微笑んだアリスは手を振りながら研究所を後にした。 「送って行ってあげなくていいの?」 「あ、うん・・でも、君が・・・」 「わたしなら大丈夫よ。行ってあげて」 「・・・・・じゃ、ちょっと行ってくる。直ぐ戻るから部屋で休んでてね」 「ええ」 フランソワーズの寂しそうな声音を残して、ジョーはアリスの後を追った。 「アリス!?アリス!?」 研究所を出て直ぐに追いつくつもりだったジョーは、姿の見えないアリスを不思議に思った。 「何て不思議な娘なんだろう・・・」 自分の名前を知り、過去も知る相手に偶然に出逢う事などそうそうある事じゃない。 しかも謎めいたその少女は今し方一緒に居たのに、その姿は何処にも見当たらなかった。 「この下の浜辺へ行ったのかな?」 切り立った崖の下を見ても彼女の姿は無く、先程見付けた貝殻と同じ、 テンニョノカンムリが波打ち際に流れ着いていた。 「何処へ行ったんだろう・・・アリスは」 スッキリしない顔をして研究所に戻ったジョーは、直ぐにフランソワーズの部屋へと向かった。 トントン。 「入ってもいいかな?」 「どうぞ」 女の子の部屋はあまり入り慣れていないせいか、ドアを潜った所より先に進めないで居るジョー。 「その辺に適当に掛けて」 「あ、ありがとう・・・」 窓の外はオレンジ色の夕焼けが大きく映っている。水平線の向こうへ眠りに就こうと。 「綺麗な夕焼けだ」 ベッドへ腰掛けていたフランソワーズは背中越しの夕日を振り返る様に見つめて呟いた。 「ホントに綺麗ね・・・」 ジョーは部屋の中央へと置かれた小さなテーブルに添えるように置かれた椅子に腰掛ける。 「アリスさんは?」 「もう、居なかった」 「そう・・・」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 沈黙が続く・・・。 「「あの・・」「あのさ・・」」 「ジョー先にどうぞ」 「いやフランソワーズから」 「「・・・・・・・・・・・」」 「くすっ・・・うふふふ」 「ぷっ。あははっ・・・」 「ごめんよ、フランソワーズ」 「わたしこそ、ごめんなさい」 「君の気持ちは分かってたんだけど、やっぱりその・・・気になっちゃって」 「分かってるって言ったじゃない、わたしだって」 「あ、でも何だか怒ってるのかと思って・・」 「ちょっと・・・・妬けちゃった・・・かな」 夕焼けに照らされた俯き加減のフランソワーズの頬はほんのり色付いていたに違いない。 ほんの少しだけ、少しだけでいいから素直に・・・。 それはアリスから教わった気持ちだった。 「静かだね」 「そうね」 「「・・・・・・・・・・・」」 「博士とイワンはまだ戻らないのかな?」 「あ、さっきジョー達が出ていった後、電話が来てね、今日は遅くなりそうだから戻らないって」 「そ、そうなんだ」 「「・・・・・・・・・・・」」 「しょ、食事どうする?」 「そうね、何か・・・」 「たまには僕が作ろうか?」 「え?ジョーが?大丈夫〜?」 「大丈夫だよ!僕だって張々湖から色々教わったんだから!」 「じゃ〜、お願いしようかな?」 「任せて置いて!」 胸をポンと叩いてキッチンへそそくさと向かうジョー。 二人っきりと言う緊張から解かれる様に早足になっていた。 |
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