<< Back   Next >>     

+++ 雨の日の二人(ジョー編・中) +++

「何処だフランソワーズ」
手に汗を握り、ハンドルを雨に取られまいと必死だった。
運転には自信はあったけれど、こんなに心乱れて走らせる車は今までになかった。
「何処に居るんだ?フランソワーズ」
まず最初に向かった先はもちろん彼女がレッスンしているであろう場所。
だがその時間帯には居るはずもなく、真っ暗な室内をちらっと目にするだけで、次の場所へ向かった。
心当たりは―――はっきり言って無い。
美術館は、この間展覧会を見に行ったばかりだし、映画も彼女の好ましい映画は殆ど観たはず。
それ以前に、こんな雨の中行かねばならない場所でも無い。
思い当たるとすればショッピングだろう。
しかし、そのショッピングだとしても人の集まる場所であれば、その敷地はそれなりの広さだ。
しきりに脳波通信で呼び掛けて、フランソワーズの応答を待った。
「フランソワーズ?フランソワーズ?」
―――――・・・・・・・・・。
「ダメだ・・・」
腕時計に目をやると、午後9時を回っていた。
「もしかしたらもう帰ったのかも・・・?」
ジャケットのポケットに手を入れて探る・・・しまった!携帯電話を忘れてきてしまった。
急いで公衆電話に走った。
「もしもし博士。フランソワーズは帰ってますか?」
「いや、まだ帰っとらんが。そんなに慌てんでも大丈夫じゃろうよ、子供じゃあるまいに・・・」
「何言ってるんです博士!!そっ・・・・・・・」
コ、コホン。
「どうしたんじゃ?ジョー」
‘今焦ってどうする。落ち着けって・・・’自分に言い聞かせて気を取り直す。
「いえ、何でもありません。もう少し当てを探してみます」
「うむ。分かった」
――ガチャン。
はぁ・・・。

「ジョーの奴、一体どうしたと言うんじゃ。珍しく取り乱したりなんかして、のぉ?」
眠るイワンに話しかけても何の返事も無い。

「フランソワーズ?聞こえたら返事をおくれ・・・」
何度も呼び掛けたが返事のない彼女。
「携帯電話、持っていてくれたら良かったのに」
などと愚痴ってしまう。
以前も心配だから持って欲しいって言ったことがあったけれど、即答で返されてしまった。
‘イヤよ!’
そりゃそうだよな。いつも見たくないモノや聞きたくないモノまで、
全てを情報として取り入れなければならなかったんだから、
そんな機械なんて無関係で居たいはずだよな。
そんな事を考えながら、時間も過ぎ、賑わっていたショッピング街も明かりが消え始めた。
この雨だし、いつまでもここに居るとは思えない。
「引き返すか・・・」
そういって車を走らせてみたものの、何処の道も通行止めに出食わすばかり。
「何てこった」
そして思い浮かんだのは、やはりあの場所だけだった。
「きっと戻っているはず」
激しく吹き荒れる雨に立ち向かうように、猛スピードで雨を切り裂き水飛沫を巻き上げながら、
祈るような思いで呟いた。
「フランソワーズは僕が守る・・・」
時刻は間もなく午後10時。

ッチッチッチッチ・・・・ッチッチッチッチ・・・
  
       ッチッチッチッチ・・・・

ザ―――――――――ッッッッッッッッッッ

                 ブォォォォォォォ――――――ン

程なくして、明かりの付いたその場所に到着した。
行きに見かけた時は暗がりで、明かり一つ無い室内であったのに、僕の勘は当たった。
もちろん彼女の車は建物の表側に停めてあり、それを横目に僕はドアを弾き飛ばすように
強引に開いて、彼女の名を叫んでいた。
「フランソワーズ!」
「ふふふ・・・そんなに大きな声を出さなくったって聞こえてるわ」
彼女の声が耳ではなく脳裏にぼんやりと聞こえて、走り寄った僕は無我夢中で
彼女を抱きしめていた。
そして我に返った僕は急に頬に熱を持ち、咄嗟に彼女を腕の中から解放した。
「ご、ごめん」
「ふふっ・・・あははは」
笑い出した彼女が愛おしく、その笑い声に更に申し訳なくなってしまった。
「ごめん・・・」
「ジョーったら、どうしちゃったの?いつものジョーらしくないわ」
俯く僕の顔を覗き込むように声を掛ける彼女の表情は、柔らかな日差し。
外は激しい雨なのにここだけは温かく感じた。
「うん・・・その・・・」
「なぁに?」
やっぱり言えるわけがないだろう。夢の中だろうがなんだろうが、君を守れなかったなんて事。
「何でもない」
そんな事を考えている情けない僕に、
「心配してくれてありがとう」だなんて涙が出そうになるような言葉をくれた。
「うん、その・・・本当に心配してたんだ」
どう応えて良いか分からず、抱きしめてしまった言い訳としてそんな言葉を言うのが、
その時に言える一言だった。
「ええ、分かっているわ。ありがとう、ジョー」
彼女の優しさが伝わってくる。
フランソワーズの無事を確認した事で、僕は気持ちの靄(もや)が幾分晴れた気がした。
‘幾分晴れた’・・・あと残るこの気持ちは一体何なのだろう。
自分でもその答えが何なのか分からず、ただ彼女の笑顔を見つめるばかりだった。

その時、夢の中の見えない闇のような敵が、うっすらと僕の脳裏に浮かんできた。
黄色いマフラーが靡く・・・赤い防護服・・・茶色の髪・・・・・・・。
あれは、僕自身!?何故、僕はフランソワーズを・・・・・・・何故・・・・・・!?
目の前に居る、この愛しい彼女を僕自身が葬ったというのか?
違う、そんな事は有り得ない。では、あの僕の姿をした敵は何だったんだ?
目眩を感じながら、それを彼女に悟れまいと平静を装った。

僕はフランソワーズを、愛している・・・・・。



<< Back   Next >>
<< Menu >>