パタ・・・ 降り始めたばかりの雨が、頬にやけに冷たく感じる。 シトシトシト・・・・ ザ―――――ッッッッッッッッッッ 雨は瞬時に豪雨と化し、激しい落雷が鳴り渡り――、 それは・・・ほんの一瞬の出来事だった。 「フランソワーーーーーーーーーーズ!!」 得体の知れぬ黒い影と戦っていた僕らは、 一番生身に近いフランソワーズを先決に守らなければならなかった・・・はずだった。 いや、世界の平和の為には仲間を犠牲にするしかなかったのか? 仲間?・・・違う・・・それだけじゃない・・・。 僕は・・・僕は・・・君が居ないと――――――。 「うわああああああああああああ!!」 はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。 目が覚めたのは自分の部屋のベッドの上だった。 「夢・・・か」 あまりにも生々しいその光景に、ただ呆然とするしかない。 頬が冷たい。 フランソワーズを守れなかった自分が悔しくて、哀しくて・・・。 夢であるはずの出来事に、後から後から涙が溢れて仕方がない、止める事が出来ない・・・。 僕の心は冷え切ってしまった。 まだ夜明け前、外は闇。 いや、その前に厚い雨雲のせいで夜明けの光は遮られている。 夢の中の激しい雨音は実際の雨の音だったのだ。 カーテンを開けてみても、外の景色は濃紺の闇一色。 聞こえてくるのは激しく降りしきる雨音と、耳障りな秒針だけ。 何をするでもなく、頭からすっぽりとベッドに潜り込んで脚を縮ませて丸くなっていた。 ッチッチッチッチ・・・・ッチッチッチッチ・・・ チッチッチ・・・・ 浮かんでくるのはフランソワーズの顔ばかり。 どうして僕はフランソワーズを・・・。 「ちくしょー!」 怒りに任せて枕を投げ飛ばし、ドンっと鈍い音を立ててドアの前に転がる枕を見入った。 「何やってるんだ、僕は・・・」 項垂れる頭を持ち上げるのが精一杯の状態で、ゆっくりと立ち上がりパジャマのままリビングに立ち寄った。 「おはようございます、博士」 「なんだジョー、今頃起きてきたのか?」 雨の降る薄暗い色に、時刻がはっきり分かっていなかったけれど、気が付いてみればもう昼を過ぎていた。 「何度もフランソワーズが声を掛けていたんだが、君が起きないと言ってな。 ランチだけは用意して出掛けたぞ」 「出掛けた?」 「うむ。ほれ、あのー、バレエのレッスンだそうじゃ。たった今部屋から出て行ったばかりじゃよ」 博士が話し終える前に、僕は走り出していた。 フランソワーズの車のエンジン音・・・待って!フランソワーズ、行くな!! 心で叫びながら声を掛けた。 「フランソワーズ!」 濡れた髪がうざったい。 「どうしたの?ジョー」 「今日は僕が送っていくよ」 彼女の服が濡れていて一瞬目のやり場に困って、僕は目を泳がせてしまった。 「ありがとうジョー。でも、今日はこの雨だもの、迎えに来て貰うのも悪いわ」 重たい気持ちでいる僕とは裏腹に、笑顔で応えるフランソワーズ。 「僕なら全然平気だよ。それよりフランソワーズが心配なんだ」 どうしても、君を守りたい・・・そうでないと僕は僕でなくなってしまうような気がした。 「もぅ、心配性なんだから。大丈夫よ!だってわたしは‘003’なのよ?」 普段使わなくなったそのナンバーネームを使う事で僕を安心させたかったんだろうけど、 それは更に心の奥に哀しみを送り込んだような気がした。 003だろうがなんだろうが、君は君でしかない。君を守るのは僕の役目だ。 役目・・・?違う・・・君は僕の大切な―――――。 ・・・・・・・・でも、言えなかった。 「まぁ、それはそうだけど・・・」 思ったこととは全く反対の言葉が出てしまう。一瞬、合った瞳が真っ直ぐに見つめられない。 「それに、ジョーはパジャマでしょ?着替えを待ってる時間が無いのよ」 「そうか・・・ごめん」 「何を謝ってるの?ふふっ、じゃ行ってきます」 「うん。気を付けて」 君を見送ることしか出来ない。夢の中の僕もそうだった。 とても君を遠くに感じて、哀しくてたまらなかった。 彼女の作ってくれたランチは起こしても起きなかった僕の為に、 冷めても美味しいようにと気遣ってくれたフレンチオムレツと、 サンドウィッチを用意しておいてくれた。 今朝の生々しい夢のお陰で、あまり食事が喉を通らない。 折角作ってくれた彼女の事を思うと、更に僕は胸を締め付けられ、 それでも無理矢理押し込むように口に頬張って、味という味はほとんど分からず仕舞い。 ごめん、フランソワーズ。心で謝った。 ッチッチッチッチ・・・・ッチッチッチッチ・・・ ッチッチッチッチ・・・・ ザ―――――――――ッッッッッッッッッッ 激しい雨の音、フランソワーズが出掛けたときよりも激しい。 おかしい、もう午後8時を過ぎてる。 普通にレッスンが終わって帰ってくるとして、8時前だ。 雨のせいである程度渋滞してもそろそろ帰ってくる時間だろう・・・。 少し余裕を見せる素振りで「雨が酷いですねぇ」 なんて窓の外を覗きながら博士に話しかけてみて、視線はずっと遠くに向けてしまう。 ッチッチッチッチ・・・・ッチッチッチッチ・・・ ッチッチッチッチ・・・・ ザ―――――――――ッッッッッッッッッッ 遅い、遅い遅い遅い!! ダメだ!待っていられないっ! 時刻は午後8時30分。 「博士!ちょっとフランソワーズを迎えに行ってきます」 「おい、ジョー」 博士が声を掛けた時には既に全開に車を走らせていた。 「慌ておって、携帯電話を忘れとるわい」 呆れて首を竦める博士の姿なんて見るよしもない。 逸る気持ちを抑えて、硬くハンドルを握りしめた。 |
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