娘は、犬夜叉の言葉がどことなく切なく聞こえてならなかった。 違う、と答えたかった。 少なくとも、今さっき犬夜叉の背中で温もりを愛おしく思った。 けれど、この場所を守って十年という年月が過ぎのもまた、紛れもない事実なのだ。 娘はその場に立ちはだかるしか出来なかった。 「ごめん・・なさい。解らない・・解らないの。 わたしが物心付いた頃には、妖怪の存在すらなかった。 ここにきて犬夜叉に逢ったのが初めてなくらい・・。 でも、犬夜叉の目に嘘は無いと思った。 それは本当・・・・だけど。 だけど・・・どうしたらいいのか・・・解らない・・」 娘の瞳からは後から後から涙が溢れて、止めどなく溢れる涙は頬を伝い衣を濡らし、 それでも尽きることなく流れ落ちた。 「いいから退いてろ!!」 「嫌だっ」 「・・退くわけにはいかない。父上が、命を張って封印したこの大岩を・・・ 今度はわたしが命をかけてお守りする。斬るならばわたしと共に・・」 弥生の声は上擦り、目をきつく瞑って足下はガタガタと震え上がっていた。 「弥生。 おめえのおやじの思い、俺がこの手で妖怪をぶった斬ってやる。 だから、下がれ。俺を信じろっ!」 弥生はその場にへたり込んだ。 ![]() 恐怖と戦い、動けずに声を殺して涙している。 その姿を見て、犬夜叉は考えた。 信じるとはどういう事なのか・・・。 桔梗を失ったのもまた、自分が桔梗を信じる事が出来なかったと言うこと。 その後悔は未だ止まない。鉄砕牙を握る手に力がこもった。 今ここで力尽くで娘をねじ伏せることも出来たが、悩んだ。 以前の自分ならば、有無を言わさず大岩に斬り掛かっていたに違いない。 本当にそれでいいのか。信じるとは・・一体何なのか・・・。 犬夜叉は一つ溜め息を漏らして、変化した鉄砕牙を鞘に収めた。 「弥生・・・」 「うっ・・うっ・・」 焦る気持ちを押し殺して娘の元へ歩み寄ると、手を差し伸べた。 「ほら、立てよ」 泣きじゃくる弥生は、ゆっくり顔をあげ、差し出された手をじっと見つめた。 この手を取っていいものなんだろうか。 もし、犬夜叉が本当にこの封印を解く為だけにこの場所へ来たのならば、 立ちはだかった自分諸共、容赦なく切り刻んでいたに違いない。 けれど、犬夜叉はそれをしなかった。 そして自分の為にその手を差し出している。 娘は、涙に濡れた手で差し出された手に触れてみる。 それは先程感じた背中の温もり同様、とても温かく、優しかった。 「弥生、おめえの気持ちも解らねえでもねぇ。 けど、俺はこの封印の奥に用がある」 「・・・・」 「俺ははなっから人間を信用しちゃいねえ。それはおめえも同じだ。 俺はおめえから見りゃ妖怪だってことだ」 「・・・・」 「俺は信じられようが信じられまいが構わねえ。それはおめえの自由だ。 けど、俺は行かなくちゃならねぇ。この奥に守らなきゃならねぇやつがいるからな・・・」 そういうと、犬夜叉は大岩をじっと見上げた。 弥生は犬夜叉の視線に優しさと、強さと、切なさがあると言うことを感じ取った。 「かごめさま・・・なのね・・?」 犬夜叉は黙ったままゆっくりと視線を娘に落とす。 瞳が語っている、そう弥生は思った。 犬夜叉を疑った自分に、かごめに対するその思いに嫉妬心の様なものを感じ、 入り組んだ思いが更に娘の涙を誘った。 その泣き続ける娘に、犬夜叉は落ち着きがなくなりつつあった。 俺が泣かしたんだよな?俺だよな?ど、ど、どうすりゃ収まるんだ!? 心中はおたおたとしているが、それを悟られたくない。 と、咄嗟に娘を腕に抱き留めた。 「もう、泣くな!」 「!!!」 抱き締められた娘は、何事かと一気に涙が引く。 事の成り行きに理解が出来ず、鼓動は激しく掻き立てられ、 今にも気が遠のきそうに背中まで回された腕に意識を奪われた。 犬夜叉は、女の涙の止め方を知らない。 確か以前、弥勒がこんな事を言っていたのを思い出した。 「おなごというものはですね、きつく抱き締めてやれば良いのです」 「っけ。おめえと一緒にするな」 「とんでもない!犬夜叉。何を語るよりもこれが一番の薬なのですよ」 「ほ、本当なのかよ?」 「勿論ですとも。ま、お前はだま幼い故、出来ぬ事とは思いますが」 「お、俺だってそのくらい、で、できらぁ」 そんな心中を知らずに、娘は犬夜叉の腕に溺れていた。 「犬夜叉・・・」 ゆっくり腕を解き、顔をあげた娘は、何かを心に決めたようだった。 「ありがとう、解ったよ。わたし、信じる。犬夜叉を信じる」 そう言って、まだ涙の引かぬ瞳に笑みさえ浮かべ、切ない思いで見つめていた。 「弥生・・・」 一瞬の沈黙の後、腕を解いた犬夜叉は、再び気を取り直し鉄砕牙を握りしめた。 「行くぞ弥生!下がってろ!!」 「うん!」 鞘から抜き出された鉄砕牙は光に包まれ、大きく変化した。 「出てこい!!奈落の成り損ないめっ!!」 ![]() |
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