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+++ 悪夢の園 第八話 +++

娘は、犬夜叉の言葉がどことなく切なく聞こえてならなかった。
違う、と答えたかった。
少なくとも、今さっき犬夜叉の背中で温もりを愛おしく思った。
けれど、この場所を守って十年という年月が過ぎのもまた、紛れもない事実なのだ。
娘はその場に立ちはだかるしか出来なかった。

「ごめん・・なさい。解らない・・解らないの。
わたしが物心付いた頃には、妖怪の存在すらなかった。
ここにきて犬夜叉に逢ったのが初めてなくらい・・。
でも、犬夜叉の目に嘘は無いと思った。
それは本当・・・・だけど。
だけど・・・どうしたらいいのか・・・解らない・・」

娘の瞳からは後から後から涙が溢れて、止めどなく溢れる涙は頬を伝い衣を濡らし、
それでも尽きることなく流れ落ちた。

「いいから退いてろ!!」

「嫌だっ」

「・・退くわけにはいかない。父上が、命を張って封印したこの大岩を・・・
今度はわたしが命をかけてお守りする。斬るならばわたしと共に・・」
弥生の声は上擦り、目をきつく瞑って足下はガタガタと震え上がっていた。

「弥生。
おめえのおやじの思い、俺がこの手で妖怪をぶった斬ってやる。
だから、下がれ。俺を信じろっ!」

弥生はその場にへたり込んだ。


恐怖と戦い、動けずに声を殺して涙している。

その姿を見て、犬夜叉は考えた。
信じるとはどういう事なのか・・・。
桔梗を失ったのもまた、自分が桔梗を信じる事が出来なかったと言うこと。
その後悔は未だ止まない。鉄砕牙を握る手に力がこもった。
今ここで力尽くで娘をねじ伏せることも出来たが、悩んだ。
以前の自分ならば、有無を言わさず大岩に斬り掛かっていたに違いない。
本当にそれでいいのか。信じるとは・・一体何なのか・・・。
犬夜叉は一つ溜め息を漏らして、変化した鉄砕牙を鞘に収めた。

「弥生・・・」
「うっ・・うっ・・」
焦る気持ちを押し殺して娘の元へ歩み寄ると、手を差し伸べた。
「ほら、立てよ」

泣きじゃくる弥生は、ゆっくり顔をあげ、差し出された手をじっと見つめた。
この手を取っていいものなんだろうか。
もし、犬夜叉が本当にこの封印を解く為だけにこの場所へ来たのならば、
立ちはだかった自分諸共、容赦なく切り刻んでいたに違いない。
けれど、犬夜叉はそれをしなかった。
そして自分の為にその手を差し出している。
娘は、涙に濡れた手で差し出された手に触れてみる。
それは先程感じた背中の温もり同様、とても温かく、優しかった。

「弥生、おめえの気持ちも解らねえでもねぇ。
けど、俺はこの封印の奥に用がある」
「・・・・」
「俺ははなっから人間を信用しちゃいねえ。それはおめえも同じだ。
俺はおめえから見りゃ妖怪だってことだ」
「・・・・」
「俺は信じられようが信じられまいが構わねえ。それはおめえの自由だ。
けど、俺は行かなくちゃならねぇ。この奥に守らなきゃならねぇやつがいるからな・・・」
そういうと、犬夜叉は大岩をじっと見上げた。

弥生は犬夜叉の視線に優しさと、強さと、切なさがあると言うことを感じ取った。
「かごめさま・・・なのね・・?」
犬夜叉は黙ったままゆっくりと視線を娘に落とす。
瞳が語っている、そう弥生は思った。
犬夜叉を疑った自分に、かごめに対するその思いに嫉妬心の様なものを感じ、
入り組んだ思いが更に娘の涙を誘った。

その泣き続ける娘に、犬夜叉は落ち着きがなくなりつつあった。
俺が泣かしたんだよな?俺だよな?ど、ど、どうすりゃ収まるんだ!?
心中はおたおたとしているが、それを悟られたくない。
と、咄嗟に娘を腕に抱き留めた。
「もう、泣くな!」
「!!!」
抱き締められた娘は、何事かと一気に涙が引く。
事の成り行きに理解が出来ず、鼓動は激しく掻き立てられ、
今にも気が遠のきそうに背中まで回された腕に意識を奪われた。
犬夜叉は、女の涙の止め方を知らない。
確か以前、弥勒がこんな事を言っていたのを思い出した。




「おなごというものはですね、きつく抱き締めてやれば良いのです」

「っけ。おめえと一緒にするな」

「とんでもない!犬夜叉。何を語るよりもこれが一番の薬なのですよ」

「ほ、本当なのかよ?」

「勿論ですとも。ま、お前はだま幼い故、出来ぬ事とは思いますが」

「お、俺だってそのくらい、で、できらぁ」




そんな心中を知らずに、娘は犬夜叉の腕に溺れていた。
「犬夜叉・・・」
ゆっくり腕を解き、顔をあげた娘は、何かを心に決めたようだった。
「ありがとう、解ったよ。わたし、信じる。犬夜叉を信じる」
そう言って、まだ涙の引かぬ瞳に笑みさえ浮かべ、切ない思いで見つめていた。
「弥生・・・」
一瞬の沈黙の後、腕を解いた犬夜叉は、再び気を取り直し鉄砕牙を握りしめた。
「行くぞ弥生!下がってろ!!」
「うん!」

鞘から抜き出された鉄砕牙は光に包まれ、大きく変化した。
「出てこい!!奈落の成り損ないめっ!!」




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