犬夜叉は、光と闇を司る大岩を探して、辰巳の方角へ走り続けた。 今は桔梗の言葉を信じるしかなかった。いや、桔梗の言葉だからこそ信じた。 そして、夕刻間際にある村へと辿り着いた。 そこは小さな村ではあったが豊かな田畑が広大なほど続いており、 春には黄色の織物を拡げたように菜の花が鮮やかに咲き誇り、 秋になれば見事な稲穂が一面を埋め尽くすに違いない活気のある村だった。 犬夜叉は、戸惑った。 半妖の姿をした自分が村人に尋ねたところで、誰が問いかけを聞き受けてくれよう。 当たり前のように側にいた仲間達を思い浮かべた。 「っけ。ぐずぐずしてるわけにはいかねぇ・・・」 そう独り言を呟いて、忙しなく働く一人の村人に声を掛けた。 「よぉ、ちょっと聞きてぇことがあんだけど・・・」 「ひぃっ!よ・・・妖怪だ!!妖怪が出たーーーーっっっっ!!」 村人は犬夜叉を一目見るなり逃げ出していった。 「っけ」 そして気を取り直して、再び声を掛ける。 だが、先程よりやや荒めな口調になってしまうのは言うまでもなく・・。 「よぉっ!聞きてぇことがある」 やはり先程の村人同様、逃げ出す始末。 苛立ちは更に込み上げ、舌打ちを一つして村を後にしようとした時、 一人の娘が声を掛けてきた。 「もし・・・?」 ![]() 「あ?なんだよ?」 娘の出で立ちは、まるで桔梗を思わせるような巫女のなりをしていた。 犬夜叉は娘の姿に眉をひそめた。 その顔に脅えたのか、娘は体をぎゅっと強張らせる。 「あの・・・ごめんね」 「ん?何でお前が謝るんだよ?」 「あの・・みんな妖怪を怖がってるから・・・」 そんな当たり前の事を言われなくとも解っている。 娘の申し訳なさそうな表情と物腰の低いその態度に言い返すのも馬鹿らしくなった。 「で?何の用だ?」 「え・・・あ・・・えっと・・・お・・・お腹減ってない?」 「あ??いや、まぁ・・・減ってなくもないけどよ・・・」 拍子抜けする問いに、犬夜叉の顔が綻ぶ。 「ならば、うちへこない?米ならたくさんあるし!ね、来てよ」 「あ・・・ああ・・・」 思い掛けない娘の言葉にどぎまぎしながら、犬夜叉は誘われるがままに娘の後を追う。 こんな小さな村にそぐわぬほど見事な鳥居を間近にすると、 そこにはやはり穀物の豊作である証拠の太い注連縄(しめなわ)が施されていた。 やしろはやや古めかしいが、ちりの一つもなく手入れの行き届いた小さな神社だった。 「そこらへんに座って。今、食事の支度するから」 「ああ」 娘は気立てもよく、まさにこの村の神官の象徴のようであった。 「ね、あなた半妖でしょ?旅してるの?」 娘の『半妖』という言葉に引っ掛かりはしたけれど、口を尖らせるにとどまりこの場はぐっと堪えた。 「まぁ、そんなとこだ」 「へぇ・・・」 興味深そうに大きな瞳を更に大きく見開き、輝きさえ伺える。 「ねぇ、名前聞いてもいい?わたしは弥生」 「・・・・・・」 桔梗を思わせる身成に、人懐っこい口調はまるでかごめ。 益々犬夜叉は身構えてしまう。 「あ、言いたくないならいいの」 少し肩を落としたような娘の言葉にぽつりと答えた。 「犬・・夜叉」 「犬夜叉・・・素敵な名ね」 くすくす笑う娘の子猫のような仕草に、犬夜叉の緊張がほぐれる。 娘は久しぶりの客人を迎えて、喜びを隠しきれないらしく腕を振るって持てなしてくれた。 「うまそうだな」 「どうぞ召し上がれ」 娘は片っ端から平らげていく犬夜叉の食べっぷりを眺めては、にこにこと微笑んでいる。 「この村は、小さいけど豊かでしょ?村のみんなの自慢なの。食べる物には困らないわ。 良かったら今日はここへ泊まって行くといいよ」 「・・・・・・・」 思えば、人間との信頼関係を初めて築いたのは桔梗だった。 しかし、罠とはいえ、互いに憎しみ合い、共に討ち果てた結果になってしまった。 そして長い年月を眠り続けた犬夜叉は再び心を開くことの出来た人間がかごめである。 今まで独りで生きてきた犬夜叉に、かごめを通じていつの間にか仲間が出来た。 だが、今は連れ立つ仲間が側にいない。 今こうして見知らぬ娘と一緒にいること自体、犬夜叉にとって数少ない経験であろう。 そんな自分の心境の変化に少し驚いていた。 「おめえ、ここに一人で暮らしてるのか?」 「そうよ。本当はここの神官は父上だったの。でも、もう十年も前に死んでしまったわ」 「死んだ?」 「ええ。ここは以前、物の怪がうろつき、こんなに穏やかな村ではなかったの・・・」 そう言って、過去を遡り娘は語り始めた。 「ある旅人が訪れてから物の怪の数は増えて、村はいっそう寂れていった。 旅人は何か、もの凄く激しい憎悪を心に焼き付けた者で、 その邪気に誘われて無数の物の怪が押し寄せてきたと聞いている。 やがてその旅人は、物の怪どもに魂を食い尽くされ、真の妖怪の姿に変化してしまった」 「まるで奈落みてぇだ・・・」心に呟く。 「父上は、その妖怪を滅する為、この村の山の麓に誘い出して妖怪諸共命を落とした・・・。 だから、見て解ったと思うけど、この神社は村人達の手で保たれているの」 なるほど大きな鳥居の訳も納得がいく。 大方、この娘の備えた豊富な食料も村人達からの供え物であろう。 「今は村の外れにある山の麓に大きな岩をお祀りしてあるの。父上の勇気を讃えて」 「!・・・岩?光と闇を司る大岩か?」 「そうよ・・・?知っているの?」 犬夜叉の顔色が変わる。探していた光と闇を司る大岩・・・かごめを救う手掛かり。 「弥生、その場所を教えてくれ!」 |
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