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+++ 悪夢の園 第五話 +++

村を後にして、犬夜叉は再び骨喰いの井戸まで息を付く間もなく駆けだした。
楓の言葉が過ぎる。
――――― 犬夜叉、お前は素直になる事じゃ ―――――
――――― さすれば救われる。かごめも・・・   ―――――
――――― そしてまた、お前自身も・・・     ―――――

「素直、か・・・」
立ち止まり、そう口に出した時、どこからともなく覚えのある匂いが漂う。
緑の風が犬夜叉を包み、懐かしい匂いが鼻を擽る。
「犬夜叉・・・」
「・・・・・・・・・」
振り向かぬとも声の主は解っている。
草履が草を踏みしだく音と衣の擦れる音がやけに心地よく、
犬夜叉の心の不安を幾分解きほぐしてくれる。
その音が徐々に近付いて犬夜叉の銀髪をそっと撫でた。
「すまねぇ・・・」
「・・・・・・・」
犬夜叉の声に、銀髪を撫でた指がためらいを残して離れる。
「すまねぇ、・・・桔梗」
桔梗は黙ったまま犬夜叉を封じた時代樹に歩み寄った。

「ここは、懐かしい。お前を憎み、お前を封じた。
そしてこの場所でわたしは息絶えた・・・」
大木の傷跡を、しなやかな指先がなぞる。


「懐かしいが、ただ、それだけだ。
この場所には喜びを感ずることのない悲しみの場所だ。
少なくとも、わたしには、だが・・・」


そう言って桔梗は振り返り、犬夜叉を見つめた。
桔梗の瞳は寂しさを感じるような、暗く月の出ぬ晩のような色をしていた。
・・・何も答えぬ犬夜叉。

「そんなにあの女を助けたいか?」
「・・・・!?」
「お前は、わたしよりあの女を愛おしむと言うのか・・・」
「桔梗・・・俺は・・・俺は・・・」

不思議な感情が犬夜叉の心を駆けめぐる。
哀しいのか、それとも恋しいのか・・・。
今までに感じたことの無い自分自身の気持ちに、少し戸惑いながら、
上手くない言葉で必死に表そうとしていた。

「桔梗、本当にすまねぇと思ってる。お前には哀しい思いをさせた。
詫びても、詫びきれねぇ。
あの時、五十年前俺は、本当にお前と生きたいと思った。
それは間違いじゃねぇ。今もお前は大切だ」

「・・・・・・」

「俺は、お前を信じてやれなかった。そしてお前を失った」

「・・・・・・」

「もう・・・失いたくねぇんだ・・・」

「わたしの生まれ変わりの、あの女を、か?」
そう言って皮肉に笑う桔梗。

「・・・・・・」

犬夜叉は答えを返すことが出来なかった。
違う・・・桔梗の生まれ変わりだから失いたくないんじゃない。
寧ろ違った形で、そう、・・・愛しいほどに守ってやりたいのだから。

「もし、お前がかごめの命を狙うとすれば、
俺は俺の命と引き替えにあいつを守るだろう。
お前の生まれ変わりだから、失いたくないんじゃない。
・・・かごめだから・・・失いたくない」

そこまで言い終えた犬夜叉は少し動揺していた。
あれだけ愛しかった桔梗を目の前に、
ましてや命まで投げ出した桔梗を目の当たりにしながら
自分が何という裏切りの言葉を発しているのかと、気持ちが揺れ動いた。
もちろん、犬夜叉には気の利いた言葉など浮かばない。

「ふ・・・解ってはいたが、お前がこのわたしにそんな言葉を吐き捨てるとはな・・・」

「・・・・桔梗・・・」

「だが、犬夜叉、覚えておけ。お前の命は、わたしの物だと言うことを」

「ああ・・・」

金色の瞳は澄みきっていた。何の迷いもなく、
何の汚れもなく、全てに嘘がなかった。
また、そんな犬夜叉を愛おしむような眼差しで見つめる桔梗。
そして・・・。
「ここから辰巳の方角へ行くがよい。そこには光と闇を司る大岩がある。
その岩に女を助ける鍵がある。わたしが言えるのはそこまでだ。
後はお前が何とかするのだな。愛しい女を助けたければ・・・」


「桔梗・・・」
犬夜叉の心は乱れていた。
どちらの女も天秤に掛けることの出来ぬ掛け替えのない者。
ただ、違うのは・・・守りたい命と、守りたい魂・・・・。

「何をしている、行かぬのか?」
「・・・すまねぇ、桔梗!!」
犬夜叉は振り向きもせず、そのまま一目散に辰巳の方角へ向かった。
心で何度も何度も桔梗に詫びながら・・・。

「犬夜叉・・・お前は変わったな・・・」
どことなく寂しげな桔梗がやや口元を緩めると、
それを慰めるように死魂虫が桔梗の元へと寄り集まっては、
また孤独の世界へと溶け込んでいった。



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はぁはぁはぁはぁ・・・・

息を切らせて走り続ける少女の姿が霧の中から映し出される。
「ダメだわ・・・果てがない・・・はぁはぁ・・・。
でも、何処かに出口があるはず・・・はぁはぁ・・・」
何度も同じ場所に出くわしては走り、走っては元の場所へ、
この見知らぬ世界から元の世界へ戻ろうと藻掻いていた。

「もうっ!!出口は何処なのよっ!て、言っても誰も応えてはくれないっか。
はぁ・・・大体何でこんな所へ来ちゃったんだろ」

あ・・・そっか、あたし、犬夜叉と桔梗の逢い引き現場見ちゃったんだ。
ううん、見たんじゃない。あれは・・・幻だった・・・。

あたし、犬夜叉を信じてあげられなかったんだ。
バカ・・だなぁ・・・。
もう、犬夜叉に逢えないのかな?
もう犬夜叉の側にいちゃいけないのかな・・?



かごめは一人、不安の訪れるはずのない世界で不安を抱いていた。



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