村を後にして、犬夜叉は再び骨喰いの井戸まで息を付く間もなく駆けだした。 楓の言葉が過ぎる。 ――――― 犬夜叉、お前は素直になる事じゃ ――――― ――――― さすれば救われる。かごめも・・・ ――――― ――――― そしてまた、お前自身も・・・ ――――― 「素直、か・・・」 立ち止まり、そう口に出した時、どこからともなく覚えのある匂いが漂う。 緑の風が犬夜叉を包み、懐かしい匂いが鼻を擽る。 「犬夜叉・・・」 「・・・・・・・・・」 振り向かぬとも声の主は解っている。 草履が草を踏みしだく音と衣の擦れる音がやけに心地よく、 犬夜叉の心の不安を幾分解きほぐしてくれる。 その音が徐々に近付いて犬夜叉の銀髪をそっと撫でた。 「すまねぇ・・・」 「・・・・・・・」 犬夜叉の声に、銀髪を撫でた指がためらいを残して離れる。 「すまねぇ、・・・桔梗」 桔梗は黙ったまま犬夜叉を封じた時代樹に歩み寄った。 「ここは、懐かしい。お前を憎み、お前を封じた。 そしてこの場所でわたしは息絶えた・・・」 大木の傷跡を、しなやかな指先がなぞる。 「懐かしいが、ただ、それだけだ。 この場所には喜びを感ずることのない悲しみの場所だ。 少なくとも、わたしには、だが・・・」 ![]() そう言って桔梗は振り返り、犬夜叉を見つめた。 桔梗の瞳は寂しさを感じるような、暗く月の出ぬ晩のような色をしていた。 ・・・何も答えぬ犬夜叉。 「そんなにあの女を助けたいか?」 「・・・・!?」 「お前は、わたしよりあの女を愛おしむと言うのか・・・」 「桔梗・・・俺は・・・俺は・・・」 不思議な感情が犬夜叉の心を駆けめぐる。 哀しいのか、それとも恋しいのか・・・。 今までに感じたことの無い自分自身の気持ちに、少し戸惑いながら、 上手くない言葉で必死に表そうとしていた。 「桔梗、本当にすまねぇと思ってる。お前には哀しい思いをさせた。 詫びても、詫びきれねぇ。 あの時、五十年前俺は、本当にお前と生きたいと思った。 それは間違いじゃねぇ。今もお前は大切だ」 「・・・・・・」 「俺は、お前を信じてやれなかった。そしてお前を失った」 「・・・・・・」 「もう・・・失いたくねぇんだ・・・」 「わたしの生まれ変わりの、あの女を、か?」 そう言って皮肉に笑う桔梗。 「・・・・・・」 犬夜叉は答えを返すことが出来なかった。 違う・・・桔梗の生まれ変わりだから失いたくないんじゃない。 寧ろ違った形で、そう、・・・愛しいほどに守ってやりたいのだから。 「もし、お前がかごめの命を狙うとすれば、 俺は俺の命と引き替えにあいつを守るだろう。 お前の生まれ変わりだから、失いたくないんじゃない。 ・・・かごめだから・・・失いたくない」 そこまで言い終えた犬夜叉は少し動揺していた。 あれだけ愛しかった桔梗を目の前に、 ましてや命まで投げ出した桔梗を目の当たりにしながら 自分が何という裏切りの言葉を発しているのかと、気持ちが揺れ動いた。 もちろん、犬夜叉には気の利いた言葉など浮かばない。 「ふ・・・解ってはいたが、お前がこのわたしにそんな言葉を吐き捨てるとはな・・・」 「・・・・桔梗・・・」 「だが、犬夜叉、覚えておけ。お前の命は、わたしの物だと言うことを」 「ああ・・・」 金色の瞳は澄みきっていた。何の迷いもなく、 何の汚れもなく、全てに嘘がなかった。 また、そんな犬夜叉を愛おしむような眼差しで見つめる桔梗。 そして・・・。 「ここから辰巳の方角へ行くがよい。そこには光と闇を司る大岩がある。 その岩に女を助ける鍵がある。わたしが言えるのはそこまでだ。 後はお前が何とかするのだな。愛しい女を助けたければ・・・」 「桔梗・・・」 犬夜叉の心は乱れていた。 どちらの女も天秤に掛けることの出来ぬ掛け替えのない者。 ただ、違うのは・・・守りたい命と、守りたい魂・・・・。 「何をしている、行かぬのか?」 「・・・すまねぇ、桔梗!!」 犬夜叉は振り向きもせず、そのまま一目散に辰巳の方角へ向かった。 心で何度も何度も桔梗に詫びながら・・・。 「犬夜叉・・・お前は変わったな・・・」 どことなく寂しげな桔梗がやや口元を緩めると、 それを慰めるように死魂虫が桔梗の元へと寄り集まっては、 また孤独の世界へと溶け込んでいった。 ------------------- はぁはぁはぁはぁ・・・・ 息を切らせて走り続ける少女の姿が霧の中から映し出される。 「ダメだわ・・・果てがない・・・はぁはぁ・・・。 でも、何処かに出口があるはず・・・はぁはぁ・・・」 何度も同じ場所に出くわしては走り、走っては元の場所へ、 この見知らぬ世界から元の世界へ戻ろうと藻掻いていた。 「もうっ!!出口は何処なのよっ!て、言っても誰も応えてはくれないっか。 はぁ・・・大体何でこんな所へ来ちゃったんだろ」 あ・・・そっか、あたし、犬夜叉と桔梗の逢い引き現場見ちゃったんだ。 ううん、見たんじゃない。あれは・・・幻だった・・・。 あたし、犬夜叉を信じてあげられなかったんだ。 バカ・・だなぁ・・・。 もう、犬夜叉に逢えないのかな? もう犬夜叉の側にいちゃいけないのかな・・? かごめは一人、不安の訪れるはずのない世界で不安を抱いていた。 |
<< Back Next >> |