| かごめが眠りについてどのくらい過ぎただろう・・・。 ふっくらしていたかごめの頬も幾分やせ細っていた。 楓はかごめを思い、湯を沸かし体を拭いてやることにした。 「わしに出来ることはこのくらいじゃ。かごめよ、耐えておくれ」 少し煤のかかった額から頬、首筋、そして胸元を満べんなく拭いてやると、 青白かった肌がわずかに血色のある色持ちになった。 「かごめは生きておる。早く戻ってくるのじゃ・・・」 ガタン!! 大きな物音が戸口で聞こえ視線をそちらに向けると、 そこには傷だらけの犬夜叉の姿があった。 「犬夜叉よ・・・」 その姿に楓は、犬夜叉もまた戦っているのだと、察することができた。 かごめに視線を落とした犬夜叉が、ふと背を向ける。 その意に気付いた楓は、はだけたかごめの胸元を直してやると、犬夜叉を気遣った。 「お前も辛かろう・・・」 一言も口を開かなかった犬夜叉は、何か吹っ切れたように言葉を吐き出した。 「楓ばばあ、おれはどうしたらいいんだ?」 普段弱音など吐かぬ犬夜叉が、心をあらわにしている。 他人(ひと)に心の内など見せぬはずの犬夜叉が、楓の言葉を必要としていた。 「犬夜叉、お前は素直になる事じゃ。さすれば救われる。かごめも・・・。 そしてまた、お前自身も・・・」 その言葉を噛み締めるように振り返り、かごめの元まで歩み寄ると、 じっとかごめを見つめたまま動けずにいた。 「・・・・・・」 「わしは忙しい身じゃ。かごめの事はお前に任せたぞ」 そう告げると、楓は村の者に煎じた薬草を届けに行くと言い、 二人を残して出て行った。 ![]() 「かごめ・・・」 ------------------- かごめ・・・かごめ・・・ またあの声がする。 耳を塞ぎ小さくうずくまるかごめの元へ、妖しげな陰が歩み寄ってきた。 「お前は、紛い物か・・?」 その声に振り向くと、そこには何者かの陰がうっすらと浮かび上がっていた。 「だれ・・・?」 陰は徐々に形を表し、なおもかごめに近付いてくる。 「誰なの?あなたは、何者?」 「本当にお前は、わたしの生まれ変わりだと言うのか?」 霧の中から現れたのは、巫女のような出で立ちの女だった。 その女の姿を目にしたかごめは、血の気が引き見る見る青ざめていった。 あの時見た何かがが走馬燈のように脳裏を過ぎる。 「う・・苦しい・・・」 胸を押さえ付けてうずくまるかごめに、女は冷ややかな眼差しで呟いた。 「・・・ふ。愚かな・・・」 胸の苦しみを押し殺し、立ち上がろうとするかごめだったが、意識の遠くなるのを感じた。 脳裏に浮かぶ何かが、少しずつ鮮明に現れる。 あ・・・この人服を身に着けていないわっ。やだ・・なんだか恥ずかしい。 かごめは羞恥心の為、慌てて目を反らそうとしたが、 何故かもう一人の陰の存在が気になって反らすことが出来ずにいた。 この人と誰かが、寄り添っている。誰かが・・・。 誰?あれは・・・長い髪・・・真っ赤な着物。 おんなのひと?ううん、違う、銀色の髪をした・・・男の子? 耳が・・・。 あ、こっちを振り向く!!やだっ、覗き見してたみたいじゃない!! 隠れないと。何処かへ隠れないと・・・。 「本当にいいのだな?」 声にはっとする。意識が戻された。 「お前、本当にそれでいいのだな?」 「え?何を言ってるの?」 「お前如きに恐れることは無いと言うことか。所詮、お前はわたしの敵ではないのだから」 なおも脅えるかごめに、再び向けられた冷たい瞳。 「犬夜叉の命はわたしのものだ」 「犬やしゃ?」 「ありがたく犬夜叉の命、頂くとするか」 脅えていたかごめが言葉を振り絞る。 「ちょ・・・ちょっとあなた!人の命はそんなに簡単には・・・」 そう言いかけた時、張り裂けそうに胸が痛んだ。 胸元をぎゅっと握りしめ痛みに耐えるかごめだが、視線は女をとらえたままだった。 「いぬ・・やしゃ・・・・?」 かごめは小さく呟き、立ちはだかる女に鋭い視線を向けた。 そして・・・ 「犬夜叉はね、あなたの物じゃないわ。 犬夜叉はね・・・ 犬夜叉はっ!!あたしが大好きな人なのっっ!! あんたなんかに犬夜叉を渡すもんですか!!」 自分でも驚くほど大きな声を上げていた。 そして気が付くと、既に女の姿は無く、 そこには自分の声がいつまでも響く不思議な余韻が残っていた。 胸の痛みの理由(わけ)に気付いたかごめは、一度俯き、そして再び顔を上げて、 今までの沈んだ心が嘘のように晴れた目をしていた。 「犬夜叉・・・逢いたい・・・」 そう心で何度も呟きながら。 「あの女に救いの手を差し伸べてしまったわたしもまた・・・愚かだ・・」 冷めた中にも口元を上げる表情の女は、 淡く儚げな死魂虫たちと共に元の世界へと消えていった。 ------------------- 「・・や・・しゃ・・・」 時が過ぎるのも気にせず、ただかごめの手を握りしめたままの犬夜叉の耳に かすかにかごめの声が届く。 「か・・ごめ?」 「・・・・・・・・」 問い掛けるが、その瞳は開かぬまま。 「おいっ、かごめ!?」 「・・・・・・・・」 「ふ・・気のせいか・・・・。 ・・・いや、そんなはずはねえ。 この俺がかごめの声を聞き間違えるなんて・・・ ありえねえ・・・」 犬夜叉は意を決したように立ち上がった。 |
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