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+++ 悪夢の園 第二話 +++

いつものように背中にかごめを負ぶって風を切って走る犬夜叉。
違うのはかごめが目を覚まさぬだけのこと。
藍色の絹のような髪が時より頬を擽る。
背中の温もりを感じながら、真っ直ぐ前を見据えて心で呟いた。

「かごめ…待ってろよ。必ず助けてやるからな」



それに続いて二股尾の猫妖怪雲母にまたがった一行は、
白童子の居場所を探して旅を続けた。
かごめが目を覚まさぬ今は、四魂の欠片の気配を感じ取れる者はおらず、
頼りの鍵は全て犬夜叉の鼻にかかっていた。

「のぉ、犬夜叉、本当にこっちでいいのか?」
「うるせえ。そんなのわかんねえよ」
七宝が不安になり声を掛ければ案の定、
犬夜叉はただひたすら勘で走り続けていたのだ。
「犬夜叉、そんなに闇雲に走り続けても、我々の体力も持ちませぬ」
「じゃあどうしろって言うんだ!」
今までも同じ様な行動は多かったが、
今度ばかりは溢れる不安と怒りが抑えられない犬夜叉。
それを悟っているだけに辛いが、ここは正念場。
このまま当てもなく旅を続けるのは確かに体力的にも問題はあった。
「ここは一度、楓様のところに戻られた方が良いかと思うのですが、どうでしょう?」
「そうだね。かごめちゃんの目を覚ます方法が見つかるかも知れないよ」
皆の意見も解るが、この抑えきれない感情はどうしたらいいのか。
顔を強張らせて、焦りを押し殺した。
「そうじゃ、犬夜叉。かごめも休ませてらんとな」
「七宝、おめえは自分が休みてえだけなんだろ〜!?」
そしていつものように矛先は七宝へ…。
「ひゃー犬夜叉が撲ったぁ〜〜〜〜〜!!」

そして、一行は村へと向かった。
途中、かごめの体を気遣ってか、犬夜叉は無言にして茶屋へと足を運ぶ。
楓の村までの道のりは数日を要する為、暖をとる場所もまた、
人気の多い村里を訪れては弥勒の悪霊成敗が繰り返された。
要約、見覚えのある長閑な風景が遠く見えてきた。
犬夜叉がかごめと出逢う切欠となった、あの骨喰いの井戸もすぐそこに…。

「いるか?楓ばばあ!!」
荒立たしく戸口へ駆け込むと、中ではその声に何か悟ったかのように巫女楓は、
薬草を煎じていた。
「犬夜叉よ…少しはまともな挨拶は出来んのか?」
「そんな悠長な事言ってられっか!それよりかごめを…」
いつもならば元気なかごめの声が真っ先に聞こえてくるはず。
そのかごめが犬夜叉の背中で身動きもせず、眠りに付いている。
犬夜叉の荒々しい声とかごめの姿で尋常では無いことはすぐに見取れた。
楓はゆっくりと腰を上げ「ふむ」と一言、そして床の用意を始めた。
年老いている為動きがゆったりとしているのか、それがまた犬夜叉を苛立たせる。
「ばばあ、早くしろっ」
犬夜叉の乱暴に急かす声の後ろから弥勒が叱咤する。
「犬夜叉!落ち着きなさい」
「っけ」
悪態を付くのは犬夜叉の得意とする分野だが、
今の犬夜叉には何もかも余裕がなかった。
「さぁ、横にしておやり」
楓の言葉が終わるが否やに犬夜叉はかごめをそっと背中から降ろし、
ゆっくりと横にさせた。

「まず、何がどうしてこうなったのじゃ」
楓は腰を下ろして囲炉裏に炭をくべると、事の経緯を訪ねた。


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それは…数日前の事だった。突然、大量の妖怪を引き連れ、神楽が現れた。
見下したように笑う神楽の表情は、いささか呆れ顔にも取られる。
風を思うがままに扱い、今思えば、まるで何かの前座のようだった。
戦いを挑んで来た割にはあっさりと退散してしまった神楽に、
後味の悪い嫌な予感に虫唾が走る。
その予感は的中し、白童子の罠によってただ一人誘き出されたかごめは、
目を覆いたくなるような光景を目にしてしまう。
犬夜叉と桔梗の逢い引き。
そんな事は今までもあった訳で、今更動揺する程の事でもない。しかし…
二人の仲はかごめの想像を遙かに超えていた。
その目を疑い、かぶりを振る…、脅え、後ずさりをする…。
「これは…夢だわ。そう、犬夜叉がこんな…。違う、あれは犬夜叉じゃないわ」
頭では解っているつもりでも、目の前にある光景に戸惑うかごめ。
かごめの闇の心が膨らむ…、そこへすかさず入り込む白童子の魔の手。
胸元に食い込む白童子の腕を押さえ付けるかごめの腕にぐっと力がこもる。
「いいぞかごめ。もっと怒りを、もっと闇の心を引き出すのだ」

必死に抵抗するかごめだったが、その力は尽きかけていた。
罠だと解った瞬間でも、
今、目にしたばかりの犬夜叉と桔梗の光景が頭の中をもの凄い早さでよぎる。
犬夜叉を信じてやれない自分の弱さを疎ましく思った。
犬夜叉をこれ程までも好いている自分に苦しさを感じる。
幻だと言い聞かせても、桔梗を思い続けている犬夜叉は幻ではないのだから。
薄気味の悪い笑みを浮かべた白童子は、かごめの魂を汚し操ることで、
間もなくその霊力を手中に収めようとしていた。
それを恐れ、かごめは自らの魂を封じてしまったのだ。

「もう…いやよ…こんなの、いや…。犬夜叉…犬や・・しゃ…」

一滴の涙がかごめの頬を伝い、四魂のかけら程に輝いては消えた。




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