何者かの声が意識の奥でかすかに聞こえる…。
いずれにしろ、あの者の正体を知る事となるのだろうが、
今はこのまま眠りに付いていたい。
何も知りたくは無い…何も考えたくない…。
誰もあたしに触れないで…。
-------------------
「かごめ様はあれから、全く意識を戻しませんね」
一人の法師がぽつりと呟く。

白童子の策略によって、かごめの魂はいずこへやら封じ込められてしまった。
その場所を求めて旅を続ける犬夜叉達だが、
かごめが眠りに付いてから、二度目の宵を迎えていた。
焚き火の炎が、うっすらと引いた紅を引き立たせるかのように、
着物姿の娘を照らし出しており、
その炎に背を向けるように座ったままの半妖の少年。
少年が壊れ物を触れるかのように眠り続ける少女の藍色の髪を撫でれば、
それに応えるように流れる風が少年の銀髪を揺らした。
「本当に、かごめちゃんを助けられるんだろうか?」
変化した二股の尾を持つ大猫の懐(ふところ)で、
丸くなって眠りに付く幼少の狐妖怪を横目にしながら、
薄紅の娘、珊瑚が小声で言葉をかけた。
「なに弱気な事ぬかしてんだ。おれはかごめを助ける。それだけだ」
半妖の少年、犬夜叉は落ち着きを払った声で言葉を返すが、
心の中は動揺で押し潰されそうにあった。
それを誰にも悟られぬようその場を立ち、側に立ちそびえる大木の枝に腰を据えた。
当ての定まらぬ旅に、誰もが苦しみを感じずにいられない。
ただ、白童子を追うこと意外に方法は見つからなかった。
「犬夜叉も口数が減ったね…」
「そうですね。愛しいおなごがこの様な哀れな姿では、
居ても立ってもいられまい。あれ(犬夜叉)も、無理しておるのですよ」
そんな二人の会話も耳に届くことなく、月灯りを仰ぐ。
この時ぞばかりは神に祈りを捧げたいほどの気持ちであったに違いなく、
遠い目をしたまま、犬夜叉は何か思いにふけっているようだった。
-------------------
藍色の髪の少女、かごめは独り見知らぬ光景の中で立ち惚けていた。
全く心細さを感じない…例えそれがたった独りだけの世界だとしても。
そして時より聞こえる何者かの声も、その正体を知りたいとも思わなかった。
この世界は不安が感じられず、いつまでも心地よい時が流れる。
今まで何かに脅えながら生きていたように思えたかごめは、
ここで時を過ごす方が心が休まるに決まっていると感じていた。
だが、何か一つだけ引っかかる物があった。
聞き覚えのある何者かの声が聞こえる度、胸が痛むのだ。
それは不安や恐れや苦しみが一気に流れ込む瞬間でもあり、
又、それとは反して温もりや喜びが感じられる。
何よりも一番大きいのは胸が高鳴り熱くなる不思議な感覚を持つのだ。
そしてその感覚がまた訪れた。
「あ…また。胸が痛い…苦しい…。嫌…いやーーーーーっ!!」
その声が聞こえる度、かごめは声を振り払うように走り続けてしまう。
自分の意志に反しているのは解っているけれど、どうする事も出来なかった。
声が消えると、見えるとも見えぬ何かを見つめて立ち尽くす…。
それを繰り返すばかりだった。
誰が導くでもなく、答えを見付けるのは自分だけだと解っていても…。
-------------------
東の空がうっすらと明るくなり夜が明けた。
森林の隙間を練ってあちらこちらへと伸びる光の帯。
焚き火の炎も消え、その側で眠る彼らの頬にも柔らかな温もりを運んでくる。
個々の不安もまた、この光によって幾分薄れるのだ。
闇をも解かす不思議な力、大地を包み込む広大な光。
しかし…
ふと目を覚ました法師、弥勒は、声を掛けるのも気の毒な程の後ろ姿を見留めた。
銀色の髪が昇ってきたばかりの陽の光を浴びて眩しいほどに輝くのに、
その持ち主である半妖の少年は、かごめの横たわる側で仕切りに手を握り締め、
閉じる瞳をじっと見つめていたのだ。
その様子を黙って見守ってやるしか出来ずにいた。
「うぁ〜…よく眠ったのぉ〜」
幼少の狐妖怪が目を覚ました。咄嗟に立ち上がる犬夜叉、何げに背伸びをしてみせる。
さもたった今、目覚めたのだと言わんばかりに。
「さ〜て、行くか」
「ん…。あ、犬夜叉、おはよう」
寝ぼけた目を擦る珊瑚に柔らかな笑みを浮かべた弥勒が声を掛ける。
「おはようございます、珊瑚」
「おはよう、法師様」
それに応えるように、少し照れた顔の珊瑚。
「さて、朝飯でも探すか!」
さすが、子供である狐妖怪の七宝。場の雰囲気など気にも留める事がない。
「おめ〜は、飯飯ってうるせーんだよっ」
いつもの調子に戻り、子供相手に本気に追いかけ回す犬夜叉。
それを眺めて笑い声を上げる一行。
たった一人の声を除いては…。

|