犬夜叉の逃げろと諭す声と、迫る巨大妖怪。 脅える弥生。 だめ・・・動けない・・・。 「グケケケ・・娘、観念したようだな・・」 ゆっくりと娘の元へ歩み寄り、鋭い爪が襲いかかった。 娘の頭上より振り下ろされた腕に後ずさりをする。 「きゃーーーーっ!!!」 ずさっ!!足下の小石に救われるように倒れた弥生は、 間一髪、頬を擦る程度で妖怪の爪は宙を切った。 「なかなか楽しいなあ・・・ケケケ。次は必ず仕留めてやるぞ・・グケ・・」 再び襲いかかる妖怪の爪、弥生は堅く目を閉じ、 恐怖に戦き、地に置かれた掌をぐっと握った。 「いいぞ・・そのまま動くなよ・・グケケケ・・」 くしゃ・・ 何か紙のようなものが指先に触れる。 「!!」 これは・・・ 娘は恐怖を堪え、襲いかかる爪を目掛けてその紙を突き付けた。 弥生が突き付けたそれは、偶然にも転んだ拍子に懐から落ちた御札であった。 「グアァァァァ!!!!」 貼り付く御札が妖怪の腕の皮を焼き焦がす。 巨大妖怪が一瞬怯むと、犬夜叉は空かさず突き抜かれた体を立て直した。 「こ・・んのやろう・・・いい加減にしやがれ!!!!」 滴る血をも振り構わず、駆けだした犬夜叉は、 妖怪の屈めた脚を踏み台に、高く飛び翻し、赤黒い瞳を討ち狙った。 「そこだ!風の傷!!」 ![]() 「グギャアアアアアアアアア!!!!!!己ええええええ!!!」 犬夜叉の放った風の傷により、その剣圧に押される巨大妖怪。 けたたましい悲鳴と、散れ散れになる肉片。薄れ行く邪気・・・。 そしてその肉片の渦から弥生を救い出すと、 犬夜叉は体ごと茂みの奥にどさっと倒れ込こんだ。 「大丈夫か?」 直ぐさま腕の中の娘の無事を案じた。 「うん・・わたしは平気。・・・だけど・・・」 起きあがる犬夜叉の腹の辺りと、そして、娘の衣にべっとりと残る赤い血痕に、 傷の深さを思い知らされる。 その傷を見ると居たたまれず、娘は顔を覆いたくなった。 「けっ。こんなもん掠り傷だ」 そう言って、苦痛の表情すら浮かべない。 「でも・・・」 「気にすんな。おめえにも助けられたしな」 御札を突き付けた記憶が蘇る。それは身震いさえ感じる。 「あれは・・自分でも何がなんだか解らず・・」 「おめえのおやじが言ってた通り、 おめえも一人前の巫女だって事なんじゃねえのか?」 「犬夜叉・・・」 瞳を潤ませて見つめる娘の顔に、気付かない振りをして背を向けると、 すっと立ち上がって、鉄砕牙を鞘へと収めた。 「用は済んだ。俺はもう行くぜ」 「あ・・ありがとう・・」 「けっ。礼なんていらねー。俺は何もしちゃいねえ」 「ううん!ありがとう。本当に・・・あり・・が・・」 最後の方は全く声にならず、 涙を堪えた娘は犬夜叉の背中に飛び込んだ。 「!?」 「また、逢えるよね?」 「・・・さあな、生きてれば逢うこともあるんじゃねえのか?」 ![]() 少し照れ隠しに見える犬夜叉は、 そのまま振り向かず崩れ去った大岩の跡へと駆けだしていた。 「さようならっ!!」 娘の声に軽く手を挙げた犬夜叉は、光る渦の中へと飲まれていく。 犬夜叉が光にしっかりと包まれたかと思うと、その渦は跡形もなく消えた。 そしてこの地に、封印されるものは何もなくなった。 再び、平温が訪れる。それは弥生の胸の中にも、また、訪れる。 すっかり天高く上り詰めた陽の光を浴びて、犬夜叉の残像を追いかけるように 大岩の跡を見つめて、娘は思った。 「父上。わたし、解りました。善の心、即ち愛すると言うこと。 この想い届かぬとも、わたしはこの気持ちを大切にしとうございます・・・ 遠い彼方のあの方を・・・何処かで生きていくあの方を・・・」 ----------------- 異世界で出口を求めてひたすら歩き続けていたかごめは、 突然の周辺の変化に何かを感じた。 立ち込めていた霧が一気に消え去り、 ごつごつとした岩肌が辺り一面を覆い尽くしている。 「何かしら・・?」 立ち止まり、周囲を見渡す。 と、遠くに赤い衣を見付けた。 「あれは・・・」 そこへ駆け寄ると、まさしくその衣は犬夜叉の火鼠の衣。 「犬夜叉だわ!助けに来てくれたのね!」 でも・・・何処に居るんだろ・・・。 顔をやや後方へ向けると、犬夜叉が俯せに倒れているのに気付いた。 「犬夜叉!!」 叫んで走り出そうとしたかごめの脚が止まる。 桔梗・・!? 俯せに倒れていると思った犬夜叉の下に、桔梗が虚ろな目をして横たわっていた。 「何!?なんなの!?」 ゆっくりと絡められる二人の腕を見て、目頭が熱くなる。 違う、これはまた幻。 「そんなもの信じないわよっ!!」 かごめが叫ぶと、こちらを振り返った二人の姿は激しく歪み、 そして小さな枯れ草と化していった。 手に取ったはずの衣もまた、枯れ葉と化し、粉々に散った。 「もう惑わせられないんだから!」 |
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