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+++ 悪夢の園 第十話 +++

犬夜叉の逃げろと諭す声と、迫る巨大妖怪。
脅える弥生。
だめ・・・動けない・・・。

「グケケケ・・娘、観念したようだな・・」
ゆっくりと娘の元へ歩み寄り、鋭い爪が襲いかかった。
娘の頭上より振り下ろされた腕に後ずさりをする。
「きゃーーーーっ!!!」
ずさっ!!足下の小石に救われるように倒れた弥生は、
間一髪、頬を擦る程度で妖怪の爪は宙を切った。
「なかなか楽しいなあ・・・ケケケ。次は必ず仕留めてやるぞ・・グケ・・」
再び襲いかかる妖怪の爪、弥生は堅く目を閉じ、
恐怖に戦き、地に置かれた掌をぐっと握った。
「いいぞ・・そのまま動くなよ・・グケケケ・・」


くしゃ・・
何か紙のようなものが指先に触れる。
「!!」
これは・・・



娘は恐怖を堪え、襲いかかる爪を目掛けてその紙を突き付けた。
弥生が突き付けたそれは、偶然にも転んだ拍子に懐から落ちた御札であった。
「グアァァァァ!!!!」
貼り付く御札が妖怪の腕の皮を焼き焦がす。
巨大妖怪が一瞬怯むと、犬夜叉は空かさず突き抜かれた体を立て直した。
「こ・・んのやろう・・・いい加減にしやがれ!!!!」
滴る血をも振り構わず、駆けだした犬夜叉は、
妖怪の屈めた脚を踏み台に、高く飛び翻し、赤黒い瞳を討ち狙った。




「そこだ!風の傷!!」



「グギャアアアアアアアアア!!!!!!己ええええええ!!!」



犬夜叉の放った風の傷により、その剣圧に押される巨大妖怪。
けたたましい悲鳴と、散れ散れになる肉片。薄れ行く邪気・・・。
そしてその肉片の渦から弥生を救い出すと、
犬夜叉は体ごと茂みの奥にどさっと倒れ込こんだ。

「大丈夫か?」
直ぐさま腕の中の娘の無事を案じた。
「うん・・わたしは平気。・・・だけど・・・」
起きあがる犬夜叉の腹の辺りと、そして、娘の衣にべっとりと残る赤い血痕に、
傷の深さを思い知らされる。
その傷を見ると居たたまれず、娘は顔を覆いたくなった。
「けっ。こんなもん掠り傷だ」
そう言って、苦痛の表情すら浮かべない。
「でも・・・」
「気にすんな。おめえにも助けられたしな」
御札を突き付けた記憶が蘇る。それは身震いさえ感じる。
「あれは・・自分でも何がなんだか解らず・・」
「おめえのおやじが言ってた通り、
おめえも一人前の巫女だって事なんじゃねえのか?」
「犬夜叉・・・」

瞳を潤ませて見つめる娘の顔に、気付かない振りをして背を向けると、
すっと立ち上がって、鉄砕牙を鞘へと収めた。
「用は済んだ。俺はもう行くぜ」
「あ・・ありがとう・・」
「けっ。礼なんていらねー。俺は何もしちゃいねえ」
「ううん!ありがとう。本当に・・・あり・・が・・」
最後の方は全く声にならず、
涙を堪えた娘は犬夜叉の背中に飛び込んだ。




「!?」
「また、逢えるよね?」




「・・・さあな、生きてれば逢うこともあるんじゃねえのか?」



少し照れ隠しに見える犬夜叉は、
そのまま振り向かず崩れ去った大岩の跡へと駆けだしていた。
「さようならっ!!」
娘の声に軽く手を挙げた犬夜叉は、光る渦の中へと飲まれていく。
犬夜叉が光にしっかりと包まれたかと思うと、その渦は跡形もなく消えた。
そしてこの地に、封印されるものは何もなくなった。
再び、平温が訪れる。それは弥生の胸の中にも、また、訪れる。

すっかり天高く上り詰めた陽の光を浴びて、犬夜叉の残像を追いかけるように
大岩の跡を見つめて、娘は思った。
「父上。わたし、解りました。善の心、即ち愛すると言うこと。
この想い届かぬとも、わたしはこの気持ちを大切にしとうございます・・・
遠い彼方のあの方を・・・何処かで生きていくあの方を・・・」




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異世界で出口を求めてひたすら歩き続けていたかごめは、
突然の周辺の変化に何かを感じた。
立ち込めていた霧が一気に消え去り、
ごつごつとした岩肌が辺り一面を覆い尽くしている。
「何かしら・・?」
立ち止まり、周囲を見渡す。
と、遠くに赤い衣を見付けた。
「あれは・・・」
そこへ駆け寄ると、まさしくその衣は犬夜叉の火鼠の衣。
「犬夜叉だわ!助けに来てくれたのね!」
でも・・・何処に居るんだろ・・・。
顔をやや後方へ向けると、犬夜叉が俯せに倒れているのに気付いた。

「犬夜叉!!」
叫んで走り出そうとしたかごめの脚が止まる。
桔梗・・!?
俯せに倒れていると思った犬夜叉の下に、桔梗が虚ろな目をして横たわっていた。
「何!?なんなの!?」
ゆっくりと絡められる二人の腕を見て、目頭が熱くなる。


違う、これはまた幻。
「そんなもの信じないわよっ!!」
かごめが叫ぶと、こちらを振り返った二人の姿は激しく歪み、
そして小さな枯れ草と化していった。
手に取ったはずの衣もまた、枯れ葉と化し、粉々に散った。
「もう惑わせられないんだから!」



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