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+++ ある春の物語 (END +++

「くっ・・・・」
気が付くと心配そうに仲間たちが雄花の精ジョーの顔を覗き込んでいた。
「大丈夫か?ジョー」
ミツバチのジェットが声を掛けた。
「ここは?オオイノシシは!?・・うっ・・・」
勢いよく起きあがったジョーに、半分呆れで半分笑いが隠った顔の大鷲のアルベルトが言った。
「無茶しやがって」
「そうアルヨ!どうなるかと思ったアルネ」
「戦いは終わったよ。お前さんのお陰でな。ま、残念だが樹齢500年の大木は倒れちまったから、
もうあの果実を狙う物は居なくなったわけだ」
青蛇のグレートがニョキッと顔を出して言う。
「一体どんな力が手に入るのか試してみたいところだがね・・・」
「今ヒグマのジェロニモとオオイノシシを解体してるアルヨ。今夜はわてが腕振るうアルネ!」
どうやら、オオイノシシを食おうとしているらしいモグラの張々湖。
それに対して少々不安げなジョーが言う。
「・・・ま、まずそうじゃない?」
その言葉を聞き、猛烈に反発する張々湖。
「何言うアルカ!!わてが作るアルネ、まずい物有るわけないヨ!!」
頭から湯気を出しながら手足をばたつかせている姿に一同、笑いが込み上げた。
「あはははは。ごめんごめん張々湖。そうだよね」
笑顔の戻ったジョーを取り囲んでいる背後からテノールの効いた声が聞こえた。
「俺たちは仲間だ」
ハッとして振り返ると、ヒグマのジェロニモがオオイノシシの一部を抱えて立っていた。
「何だか、あんたさんの方が強敵みたいアルネ」
モグラの張々湖の鋭い突っ込みに、誰もが頷かんばかりであった。

そしてにっこりと微笑んでジョーが言った。
「ありがとう、ジェロニモ」
「何言ってんだよ。俺たちは仲間だろ?」
そう言ってジェットがジョーの背中を叩いた。
「い・・・痛いよ、ジェットー」
「わりぃわりぃ、つい。忘れてたゼ」
また明るい笑い声が沸き立った。傷付いた仲間を讃えて。
「さー、出来たアルヨー。みんな食べるヨロシ」
勝利の後の食事はまた格別であった。
そして夜通し続いた明るい笑い声も、いつしか静まり返っていた。

翌朝、仲間たちは再会を約束してそれぞれの場所へ戻ってゆく。
「さて、ジョー。俺たちも行くか」
ミツバチのジェットがジョーに言う。
「うん。でも・・・、僕は風がないとここからは出られないんだ」
「俺がいるだろ?」
そう言って胸をポンと叩いた。
「俺はミツバチだ。花粉を運ぶのは俺の役目さ!」
「そうか、そうだよね。じゃ、お願いするよ」
屈託のない笑みを浮かべるジョー。
「よし!行くぞ」
自分も傷付き疲れているはずのジェットだが、ジョーを抱え南の方角へ向かった。
「ジェット、適当な所で良いよ、僕は」
「俺は雌花の精フランと約束しちまったからな」
「え?」
「お前を必ず連れて戻る、ってな」
「・・・・・・・」
ジョーは言葉が出なかった。

森から南へどの位進んだだろうか、ジェットの仲間のミツバチがジェットを見つけて飛び寄ってきた。
「おい、ジェット、女王蜂様がお呼びだ」
「え?ああ・・・・」
「いいよ、ジェットありがとう。僕はここから歩いて行くから大丈夫さ」
にっこりと笑みを浮かべる。どう見ても心からの笑顔である。
こんな顔を出来る奴は、この世界中探したってこいつだけだろう、とジェットは思った。

「約束を果たせなくて悪いな、ジョー」
彼らには巣を守る方が先決である。ましてや女王蜂が直々にジェットを呼びつけているのだ。
傷ついた身体には辛い仕事ではあるが、働き蜂であるミツバチのジェットの宿命。
「分かってるって。ありがとうジェット。気をつけて」
「ジョー、お前もな。フランによろしく」
「うん。また・・・」
小さくなるジェットの姿を見送り手を降り続けた。その姿が見えなくなるまで。
雌花の精フランの待つ平原は距離にすれば大した事はないのだが、
花の精であるジョーには遙か彼方である事に違いはない。
それでも目の前に愛しいフランの姿を思い浮かべ、胸元のフランの分身に手を当てた。
そしてフランの住む平原をひたすらに目指す。
ジョーは戦いの後の疲れもあり、人一倍(人ではないが)傷ついている。
その体を引きずるように一歩一歩フランとの距離を縮めるように歩いてゆくのだ。
幾日も幾日も歩き眠る事も忘れるくらい、ただ無心にひたむきに歩き続けるだけだった。
だが、さすがに疲れきったジョーは、大地へと倒れ込み、そのまますうっと眠りについた。

どの位眠りについていたのか、ジョーはふと目を覚ました。
「風だ・・・」
頬を撫でる風に気付いたジョーは周囲に気を集中させた。
「メヲサマシタカ? ジョー」
「その声は、イワン・・・」
「ヨウヤク ボクノシゴトモ オワッテネ、チョウドキミヲ ミツケタンダ」
「イワン・・・」
僕の言葉を聞き終える前にイワンは僕の心を読みとって言った。
「コンドハ ドコヘ イキタインダイ?」
「フランの元へ・・・」
「ワカッタ。ジャア、ユクヨ」
風の精イワンに抱かれ、花々の甘い香りを巻き上げながら宙へと上ってゆく。
小鳥たちの恋する歌声は山場を迎えていた。
「フラン、待っていてくれ・・・」

その年、ジョーと共に過ごしたフランは、小さな愛らしい赤い実を付けることになる。
誰も知らない野山の、誰も知らない春の物語。




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