二人の話を何処から聞いていたのか、 ジョーは頬をうっすらと染めたまま二人の元へと辿り着いた。 「急に消えちゃうから、びっくりしたよ・・・」 「ごめんなさいね、急用思い出しちゃって」 「急用って・・・」 「さ〜てと、お邪魔虫は、消えるわね」 「アリス・・さん・・・」 「アリスでいいって言ったでしょ!」 「じゃあね、ジョー楽しかった。でも、あの事は内緒ね♪」 そう言って、アリスはウィンクを投げ、 ジョーとは反対側に待機していたと思われる黒服の男達と共に何処かへ去って行った。 「あの・・・アリス・・・」 フランソワーズが手を伸ばしアリスを一瞬、引き留めようとした。 ‘あなたは一体何者なの・・?’喉まで出かかったが、 夕陽と眩しく交差するアリスの笑顔を目の前にして、何も言えずに言葉を飲み込んだ。 もう、そんな事はどうでも良いのかも知れない・・ここにジョーがいるのなら・・・。 波打ち際に打ち上げられていた‘天女の冠’は、再び波に浚われて海へと返ってゆく。 「行っちゃったわね・・・」 「うん」 「寂しい?」 「いや・・なんで?」 「ううん、何でもないの」 「ジョー・・・あの・・ごめんなさいっ!」 「いや、僕の方こそ君を哀しませたりして・・・」 それ以上二人は言葉を発することなく、夕陽に包まれて海を眺めていた。 そして二人の手は自然に絡められて・・・。 「綺麗な夕陽」 「そうだね」 「いつだったか、オレンジ色の朝焼けを見た事があったわね」 「うん」 「昇る陽と沈む陽・・・あなたと一緒に見たい物たくさん見てきたわ」 「うん・・・見たくない物もたくさん見たね・・・」 「ええ・・・」 「これからは、美しい物をたくさん見よう。一緒に・・」 「ジョー・・・?」 「朝陽も夕陽も青空も星空も・・君と一緒なら数倍幸福に思える」 「・・?」 「一緒にいよう・・・いつまでも・・・」 「ジョ・・・それって・・それ・・・」 次第にフランソワーズの瞳が潤む。 ジョーの優しい笑顔に包み込まれて、胸に顔を埋めて涙を拭った。 「冷えてきたね。そろそろ戻ろうか・・・」 「ええ・・」 研究所へ戻る道のりで、ふとフランソワーズはジョーへと問いかけた。 「内緒のあの事って・・・なぁに?」 「えっ・・・何だろ・・・僕にもよく意味がわからな・・・い・・かな」 「もぉっ!」 しどろもどろになるジョーを見て、意地悪な微笑みを投げ掛けた。 「あ、ちょっとフランソワーズ!!」 「ふふふっ、早くここまで追い付いて!」 自分の知らない秘密がちょっとくらい増えたって、もう平気。 ここにジョーがいるのだから・・・。 その晩、二人は共に同じ部屋で過ごした。 沈黙の中、初めて感じる温もり。 それはどんな物より温かく、どんな物より優しく、 今までに感じたことのない不思議な感覚。 お互いの気持ちを確かめ合うように甘い時間はゆっくりと流れる、静かな夜・・・。 白いヴェールの上に雲を敷き詰め、寝転がる。柔らかな羽根がふわふわと舞い、くすぐったく体を包む。 丘の上を転がるようにはしゃぎ駆け回れば、辿り着いた先は時に激しく、時になだらかに流れる河。 その先に見えるのは広い海。押し寄せる高波、静かなさざ波・・・。 そして今、二人は無音の世界に招き入れられ、静かに目を閉じた。 喜びの口付けを交わして・・・。 先に言葉を発したのは、フランソワーズの方だった。 「ありがとう・・」 何も言わずに優しく見つめ返したジョーは、フランソワーズを抱き寄せて額に軽くキスをした。 自然と顔が綻ぶ。 そしてジョーの腕の中でフランソワーズは人から聞いたという話を語り始めた。 「誰から聞いたんだったかしら?素敵なお話でね、 球体の形には意味があるんですって」 角が無くて滑らかでバランスが取れていて・・・。 人は昔、球の形をしていて、ある時突然その形が二つに壊されてしまうの。 それで、自分の片割れを探し求めて、人は彷徨い続ける。 何度も何度も出逢って、何度も何度も別れて。 やっと運命の人に巡り会えた時、二つの片割れは元の球の形に戻れるんですって。 わたし達も、そうであって欲しいわ・・・。 「うん・・・そうなれるよ、僕等なら・・・必ず・・・」 「そうね・・でも・・・誰から聞いた話だったかしら?」 窓からそよぐ秋の風に、部屋の片隅に置かれたテーブルから色褪せた二枚の写真がハラリと落ちた。 一枚にはマリア像に祈りを捧げるジョーの振り返った瞬間。 もう一枚ははにかんだ笑顔のジョー。 隣には・・・・もう誰も写ってはいなかった。 「おやすみ フランソワーズ」 「おやすみ ジョー」 ── 永遠の形・・・それは誰もが望む物 ── 壊れてはいけない球体 ── 永遠の形・・・幸福の象徴・・・青い地球 ── そして二人の愛の形 |
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