彼らが出逢ってからどの位の月日が流れた事だろう・・・。 二人が恋に落ちるまでの時間は、そう遅くはなかった。 だがしかし、お互いその気持ちに気付く事が、ごく普通に恋をする者達よりも、 少々劣っていたのであろう。 今はそれでも不器用ながらも、お互いの距離をゆっくりと縮めているのだ。 それは、東の空から淡い明かりが射し込んで、やがて空に星の降るカーテンを引く夜が訪れるように、 それは、四季が穏やかに巡り巡って、気が付けばまた春がやって来るように、 まるで、積み木を何段も積み重ねて、愛情という名の城を築き上げるように、 二人の関係は呼吸を合わせてゆったりとした足並みで、自然に任せられた心地よい歩みであった。 それはある人物が現れるまでは、の事だったのだが。 二人の関係に波風を立てたのは、ある少女の突然の出現からだった。 「ジョー!! 来て来て、早くぅ〜」 「ちょ・・ちょっと待ってよ、フランソワーズ」 夏の終わりの浜辺を走る二人に、少し肌寒く感じる風が秋の香りを運んできていた。 「ね。見て見て、綺麗な貝殻よ」 「はぁはぁはぁ・・・フランソワーズったら急に走り出すんだから・・・」 「だって早くしないと、また波が来てこの貝殻を連れて行っちゃうといけないと思ったんだもの」 「本当だ・・・綺麗だね。何て貝なんだろう?」 「ええ、何だか不思議な形をしてるわね。珍しい・・・」 「そうだね、巻き貝の一種?」 「そうみたいだけれど・・・」 「前に君が見せてくれたあの貝と少し似てるけど、どうなのかな?」 「あれは・・・アクキガイって言う貝らしいわ。でもこれはちょっと違うみたい」 「ふ〜ん」 二人はその貝殻の美しさに、目を奪われていた。 そして背後から、ジョーには何処か聞き覚えのあるような声が潮風と共に届いた。 「その貝はね、‘天女の冠’って言うのよ」 「「え・・・?」」 二人が振り返ると、そこには青味がかった黒髪の彼らと同じ年程の少女が立っていた。 「ふふっ。その貝はカブラガイ科で、この辺りに流れ着くにはちょっと珍しいわ。 潮の流れに何らかの景況があったのならば、流れ着く事もあるかも知れないけどね。 ほら、この辺りが冠の形によく似てるでしょ?だからおとぎの国から来たみたいな、美しい名前なの」 「まぁホントだわ。詳しいのね?あなた」 「そんな事も無いわ。あたしだって人から聞いた事をそのまま説明しただけだもの」 「「・・・・・」」 その受け答えはどことなく、素っ気なく感じたが決して悪気があるわけでも無さそうである。 「君、何処から来たの?」 「あっちよ」 そう言って彼女が現れた方を気怠そうに指さした。 「あの・・・、名前を聞いてもいいかしら?わたしはフランソワーズ」 「僕は・・・・」 「知ってるわ」 「え?」 「ジョー。島村ジョー・・・でしょ?」 「何故僕の名前を?」 「あたしはあなたの事、小さい頃から知ってるもの」 「「・・・・・」」 「あたしの名前は、アリスよ。宜しくね、フランソワーズ」 大きな黒いダイヤのような瞳をして、アリスはフランソワーズに手を差し出した。 「よ・・宜しく」 彼女の発言に、少々戸惑いながらも差し出された手を握り返すフランソワーズ。 「良かったら、この近くに僕らのうちがあるんだ。寄って行ってよ」 「そ、そうね。是非いらして?」 「ありがとう。お言葉に甘えてそうさせて貰おうかな?」 そう言って3人は研究所に向かって歩き出した。 「この丘を越えて直ぐなんだ」 「結構遠いのね」 「・・・・・・」 ≪どうしたの?フランソワーズ?≫ 脳波通信でジョーがフランソワーズに問い質したが、 彼女は頑なに言葉を返すことはなかった。 ≪お、怒ってる?≫ ≪・・・・・≫ ≪だって、ほら、何故僕の事知ってるか気になるし、その・・・≫ ≪そうね。解ってるわ、わたしだってそのくらい≫ ≪じゃ、何でそんな怖い顔してるの?≫ ≪・・・・・怖い顔で悪かったわね!≫ そう最後に伝えて走り出したフランソワーズ。 「わたし、先に行ってるからごゆっくり!」 「ちょっ、ちょっとフランソワーズ!!」 呼び止めようとして挙げられたジョーのその手は、虚しく垂れた。 |
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