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それから数日間、ジョーが顔を出さない事に不思議に思い部屋をノックするフランソワーズ。 コンコン。 「ジョー?どうしたの?まだ寝てるの?開けるわね?」 ドアを開けると生成色のベッドはきれいにメイキングされていて、 窓からは爽やかな春の風がライトグリーン色のカーテンをさわさわと遊ばせている。 「何処か出掛けたのかしら」 今まで何も言わずに家を空けることは無かっただけに、少々寂しげなフランソワーズ。 シンと静まり返ったジョーの部屋で、何を考えるでもなく柔らかな日差しが差し込めるベッドの縁に腰を下ろし、 ジョーが毎晩安らかな眠りを遂げているだろうその場所をそっと触れた。 その手元に、ふわりと一片の真っ白な羽根が舞い降りる。 窓から風にながされてきた天使の羽根を拾いあげ立ち上がり、窓の外へ返してやる。 白くしなやかな指先から、また風と共に軽やかに舞い上がってゆく羽根を見送った。 羽根の行く先にジョーの車が見えた。丁度ジョーが帰ってきたようだ。 ジョーはフランソワーズが自分の部屋にいるのが見えて車を雑に止めて走り寄って来る。 今までもジョーの笑顔は何度と言わず見てはいるが、 今日はもの凄く嬉しそうな笑顔で風に柔らかな髪を靡かせている。 いつもはその髪で隠れて見えない両目は、まるで子犬のように輝いていた。 「フランソワーズ、迎えに来たんだ、行こう!」 「え?行くって何処へ?」 ジョーの顔があっと言う間に迫り、フランソワーズの体は宙を浮いた。 「きゃっ」 気が付けば部屋の外に出ている。 窓から身を乗り出しているのをそのままに抱き上げられて、フランソワーズは真っ赤になった。 「いいからいいから」 そんなフランソワーズを余所に、はしゃぎながら言うまるで子供のようなジョー。瞳はキラキラ。 「もぉ、ジョーったら。離してっ」 火照る頬を両手で被うようにして俯いている。 「あぁ、ごめん痛かった?」 「そうじゃないけど・・・」 乙女心を分かっていないのか、顔を赤らめているフランソワーズの意味にさえ気付いていないようだ。 鈍感なのかわざとなのか、それとも天然と言うべきか。 「ギルモア博士を呼んでくる。車で待ってて」 そう言って、サイドシートに乗せドアを閉めた。 車はいつもと違い、大勢乗れるモノに乗り換えられていた。 「どうしたのかしら?急に」 ジョーの嬉しそうな顔と先程抱き上げられた事を思いだし、再び頬に熱が戻ってきた。 どちらにしても楽しそうな事には間違いはないらしい。 フランソワーズは安心してそこにいた。 「お待たせ」 明るい声が更にトーンをあげている。 ギルモア博士もニコニコ顔である。イワンは相変わらず眠ったまま博士の腕の中。 「さて行こうか」 眠り続けるイワンをフランソワーズが受け取り、車を元来た方へ向けて走り出す。 「何なの?ジョー?」 浮かれるジョーの横顔に困ったような笑顔をしたフランソワーズが問う。 「ん?着けば分かるさ」 にっこり微笑む無邪気なジョーに圧倒されたまま、黙って従うしかなかった。 外の景色は春色に染まり、黄色のタンポポや青草の香りが早足で通り過ぎてゆく。 どの位走ったのか、一旦信号で止まると何処からともなく桜の花びらが舞い落ちてきた。 「この辺りも桜が咲いているのね」 はらはらと舞う花びらが後から後からやってくる。 「うん、すぐそこに桜並木があるんだ」 その言葉にはっとして、ジョーに見入った。 悪戯な茶色の瞳はフランソワーズを真っ直ぐに見ている。 「ジョー・・・」 見つめ合う二人。ムードたっぷりの瞬間。 「コホン」 そ、そうだ。忘れていた、博士も一緒だった。 二人は同時に瞳を逸らして、頬を染めた。 車を止めて歩き出す3人。イワンはまだフランソワーズの腕の中で眠っている。 「綺麗ね…」 桜を見上げながらうっとりとするフランソワーズにうっとりするジョー。 「ありがとう、ジョー」 「うん、良いんだ。いつものお礼だよ」 「うふふ。嬉しいわ」 また二人とも博士の存在を忘れかけているようだ。 桜の下では花見をする人々で賑わっている。 そのずっとずっと外れの方へ歩いてゆくと、ほとんど人のいない静かな場所が現れた。 「こんなところがあったのね、とても素敵だわ」 「うん、この間見つけたんだ」 「この間?」 「そうだよ。君が花見に行きたいって言っていたからさ」 「もしかしてずっと探していてくれたの?」 「探していた、ってほどでも無いけど・・・」 照れ隠しで頭を掻くジョーに今にも抱きつきそうなフランソワーズ。 それはじゃれつく子猫の仕草。 「コ、コホン」 ギルモア博士の咳払いに、また元の世界へ呼び戻されてしまう。 でも、ここでも賑やかな人たちはいるのね。と、言いかけたフランソワーズは目を丸くした。 「何でみんながここに居るの?」 彼らは皆、故郷へ戻っているはずだったのだが・・・。 戸惑うフランソワーズに簡単に説明。 「僕が呼んだんだ」 「え?」 「よぉ、やっとみんな揃ったな?」 もうすっかりお酒の入ったジェットは、陽気の上に更に陽気になっている。 「遅かったね」 ピュンマも珍しく酔っているようだ。 その他大勢も皆お酒が入っていて、顔を赤らめている。 その賑やかさに思わず嬉し涙が溢れてくるフランソワーズ。 「おいおい、泣かせるためにみんな集まった訳じゃないぜ?」 鋭い突っ込みのアルベルト。 「そうアルネ。こっちへ来て一緒に飲むヨロシ」 「みんな・・・ありがとう」 涙顔のフランソワーズも笑顔を一所懸命作っている。 「さぁ」 優しく背中を押すジョー。 「博士もこちらへどうぞ」 早く早くと酒を勧めるグレート。 無言にして頷くジェロニモ。 賑わいもピークに達した頃、酔っている連中に絡まれながらその場を逃げ出した二人。 「ふぅ〜、やっと抜け出せた」 「うふふふ。楽しいわ、久しぶりに。本当にありがとうジョー」 「うん。でも、黙っていてごめんね」 ジョーは少し困り気味の表情で謝罪をする。 「ううん、良いの。ちょっとだけ寂しかったけど、わたしを驚かせたかったからなのでしょう?」 微笑む顔にまた見とれてしまう。桜の花びらが更に彼女を美しく見立てる。 「そのつもりだったんだけど、なんだか悪いことしちゃったかなって、思って」 首を竦めて答えるジョーの肩にそっと寄り添う。フランソワーズも少し酔っているようだ。 「本当に・・・綺麗ね・・・春の香りが心地良いわ」 舞い散る花びらをすくうように手を差し出す。 ジョーも酔った勢いで、いつもなら言いそうに無い言葉を口にしてしまう。 「君はいつでも春の香りだよ」 ちょっと照れくさそうに髪を掻き上げながら。 その言葉に蒼い瞳には春の雨が上がった後のような艶やかな雫がうっすらと現れる。 フランソワーズの髪をそっと撫で、自分の胸に誘い込むと、 操り人形のようにフランソワーズはそのまま体をジョーの腕の中に預けた。 言葉無きまま見つめ合い、誰にも気付かれないように桜の木陰でひっそりと甘い風が流れてゆく。 春は更に二人を接近させていた。 |
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