車に乗り込むとすぐに、「海に行きたいわ」と言うフランソワーズ。 僕も海は大好きだ。あの広い水たまりが生命を生み出したんだから。 まぁ、それだけが理由じゃないんだけど、眺めてるだけで凄くほっとするんだ。 とても心地がいい。まるで子供をあやす子守歌みたいに。 波の音が胸の奥に鳴り響いて、心が洗われるっていうか・・・。 車の助手席では窓を開け、亜麻色の髪を風に任せて嬉しそうに流れる景色を見つめる フランソワーズがいる。僕にはそれだけで胸が一杯になる思いだ。 「風が気持ちいいわ」 その風に煽られる髪をまとめながら、彼女が僕の方を見て話しかけた。 「うん、今日は晴れていてよかったね」 「ええ・・・そうね」 その言葉の後に何か続きそうな気がして、僕は彼女の口元に視線をやった。 でもその口は閉じたまま、また窓の外を眺めているようだった。 僕も運転に集中する事にした。 何気ない会話が続き、彼女の希望した海が見えてきた。 適当な場所に車をとめて、僕が先に車から降りた。 そして、助手席のドアを開け、フランソワーズを招いた。 「少し歩こう」 差し出した手に、そっと白くしなやかな指を滑らせてきた。 浜辺は風が少し強く、僕ら二人の間をいたずらに駆け抜けてゆく。 少し歩いたところで、フランソワーズが足を止めた。 「きれいな貝殻・・・」 僕は貝殻より彼女の指に見とれてしまった。拾い上げた貝殻は、淡いピンク色をしていた。 「うん、きれいだね」 僕は彼女と貝殻と両方に言ったつもりでいた。 貝殻・・・、そうだ。部屋を出るときに大切そうに持っていた貝殻を思い出した。 「ねぇ、君が大切そうに持っていたあの貝殻は、何か意味があるの?」 さり気なく訊いたつもりの僕。 「ええ、大有りよ!!」 ちょっとツンとした顔でそっぽを向いたフランソワーズ。 え?僕、また余計な事を言っちゃったのかな?慌てて 「そ、そうなんだ?どんな意味があるのか訊いても良いのかな?」 ちらっと横目で見て、またツンとした顔をする彼女。 「訊きたい〜?」 得意げに言う彼女は、怒っている風でもなく、僕を焦らして遊んでいるようだった。 「出来れば訊かせてもらいたいな」 遠慮がちに言う僕に、すぐさま言い放った。 「じゃ、一つお願いしてもいい?」 「え?いいよ。僕で出来ることならなんでも」 クスクスと笑う彼女が僕に耳打ちしてきた。彼女の声がくすぐったく僕の耳を撫でた。 そして彼女のお願いを訊いて、僕は自分の顔が真っ赤になるのを抑えきれなかった。 黙ったまま歩き出した僕らを、また強い風が囃し立てるようにまとわりついてくる。 波が寄せては返し寄せては返す、そのぎりぎりのところまで行くと、 フランソワーズはあの貝殻の訳をゆっくりと話してくれた。 三年前の今日、ブラックゴーストと僕は一対一の命を懸けた決戦の火花を 遙か彼方の宇宙で散らしていた。苦戦ではあったけど、僕は勝利した。 それからブラックゴーストと共に宇宙の塵になり損ねたんだ。 地球へ帰る術も無かったから、爆風に身を任せて消えゆく悪の組織を見送った。 でも、僕を心配したジェットが自分の命の危険を省みず、助けに来てくれたんだ。 そのまま二人は地球へ向かったけど、ジェットの燃料も切れ、 最後にフランソワーズの顔を浮かべながら僕の意識は遠のいた。 どうやらその時、僕とジェットをイワンがテレポーテーションで みんなの居る浜辺へと運んでくれたらしい。 そして気が付くと僕の目の前にはフランソワーズが居て、 蒼い瞳からビーズのような涙がボロボロ零れていたっけ。僕の名を呼びながら。 その時はさすがに幻かと思ったよ(苦笑) でも彼女の手は、頬は、夢でも幻でもなく温かかった。 その時僕への気持ちがはっきり分かったと、フランソワーズの優しく輝く蒼い瞳は僕を見つめた。 そして僕とジェットの無事を祈る間、 彼女はその浜辺で白い貝殻を拾い、ずっと大切に持っていたんだと言う。 そんな彼女の思いと、僕の生命が掛かった重大な日が『今日』だったなんてこと、 僕はすっかり平穏な日々に忘れかけていたし、知りもしなかった。 「そうだったね・・・あの日、僕らは戦った・・・。世界の平和と僕らの自由の為に。 忘れた訳じゃないんだ。戦ったのは僕らだし、今のこの時間を取り戻したのも僕ら。 ただ、僕自信のあの生死を彷徨った瞬間だけ抜けちゃってたんだな」 フランソワーズに意識を置きながら、言葉を続けた。 「君が僕への気持ちに気付いたって言うのと同じだね、あの時の僕も」 そして貝殻の理由と彼女のクルクル変わる表情の訳が分かった僕は、 また彼女の『お願い』を思い出して、一人赤面していた。 それを横目に「わたしの気持ちと同じ、あの時ジョーってどういうこと?」 「僕が・・・意識を失いかけた時、君の顔が浮かんだんだ・・・」 と、彼女から目を逸らすように火照る顔を横に向けた。 その様子に気付いたフランソワーズは、にっこりと意地悪そうに肘で僕の胸元をつついた。 彼女の力なんて全然大したこと無いのに(普通の女の子から比べれば強いんだよ!内緒だけど) 思わずよろけてしまった。 そしてコホンと一つ咳払いをしてから、潮の香りがする空気を胸に吸い込んだ。 それをゆっくり吐き出して、僕は言った。 「好きだよ、フランソワーズ」 どうしようもなく、顔が熱かった。俯いたまま彼女に視線をやると、ややムウッとした表情。 お姫様のご希望の代物じゃ無かったらしい。 そしてもう一度、気を取り直してさっきよりももっと潮風を吸い込み、少し大きめの声で 「愛してるよ、フランソワーズ!」 彼女に言ったのか、海に言ったのか分からないような僕の声に フランソワーズは満足そうに頬を染めて微笑んでいた。 そして僕の耳元に彼女が近づき、そっと囁いた。 「わたしもよ」 僕は彼女を抱きしめずにはいられなかった。 強い潮風は僕らの間を通ることなく、二人を包み込んでいた。 __________ 女の子って時々その言葉を口に出さないと、いけないんだな。 僕だって一所懸命なんだ。 それを彼女は分かってくれているだけに、僕は辛い・・・。 |
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