BGM

+++ Third Kiss +++




最初のキスは あたしから









「犬夜叉―」
かごめが草をかき分ける、かさこそした音が耳に心地よい。
犬の聴覚を持つ彼にとって、世界にあふれる雑多な音は、
時に耳障りだったり、うっとうしかったりする。
風が草を揺らす音や、人が草を踏みしだく音なんていうのも、
どちらかといえば耳障りなものなのだが、
その音が連れてくるのは他ならぬかごめだと思うと、
また違った音に聞こえてくるから不思議だった。
「犬夜叉―どこー?」





暖かな日差しと心地よい音、
大切に思っている少女が自分を探しているという甘い状況は、
いつもしかめっつらの半妖の少年に、
少しばかりのイタズラ心をかきたてたようだった。
犬夜叉は息を殺し、気配を消して、かごめが近付いてくるのを待つ。
「あれーどこ行っちゃったんだろ。犬―」
かごめがその名を口にしようとしたとき、
今だとばかりに、犬夜叉はかごめの足首を掴んだ。
「!」
不意をつかれたかごめはバランスを崩し、体ごと転倒した。
犬夜叉が受け止めるのがもう少し遅ければ、
かごめは地面に激突していただろう・・・
だが、もう少し早ければ、その不慮の事態は起こらなかったのである。





転倒したかごめが倒れ込んだのは、犬夜叉の体の上だった。
足首を掴んだ力が思ったよりも強く、彼は身をもってかごめを受け止めたわけだが、
あまりにもそのタイミングが合いすぎた。
倒れこみ、受け止めた拍子に、唇と唇が出会ってしまったのである。
かごめは咄嗟に掌で唇を覆って跳ね起きた。
犬夜叉は一瞬状況がつかめなかったが、かごめの様子と、
唇に残る生々しい感触に、やっと数秒後状況を把握した。
「いっ・・・今のはわざとじゃねえぞ!」
照れ隠しに、犬夜叉は言い放った。
「ひどいよ・・・」





かごめは目に涙を浮かべ、唇をかみしめて、明らかに泣くのを我慢している。
実は彼女は、違う意味で涙をこらえていたのだが、
犬夜叉にそんな微妙な心のあやが読み取れるはずはなくー
「悪ふざけにもほどがあるわよっ」
ただ、かごめを泣かせてしまったということと、
かごめが怒っているということのみが彼の心を占めてしまった。





「だから、わざとじゃねえって言っただろ。そりゃ、
ちょっとおどかしてやろうと思ったのはあやまるけどよ、
俺だって、したくてしたんじゃねえんだからよ!」
・・・爆弾は投下された。
憐れな犬夜叉は、言霊をもって地面に叩き伏せられた。









最初のキスは あたしから
二度目のキスは 最悪で










その事件があってから、かごめはあからさまに犬夜叉を避けた。
移動のときも、決して背中には乗らない。
悪路で、犬夜叉が手を貸そうとしても振り払う。
「また、桔梗のことで何かあったんじゃろか?」
二人の、というよりもかごめの放つ犬夜叉に対する険悪な空気に、
七宝はひとりでおろおろしていた。
「なに、どうせまた犬夜叉が悪いのですよ。ほうっておきなさい。」
「けど、弥勒・・・かごめのあんな顔は見とうない・・・」
「雨降って地固まる、という言葉がありますよ。
つまり、二人がもっともっと仲良くなるための試練なのですよ。
だから、そうっと見守ってやればいい。
・・・そうですね、でもきっかけは作ってやらねばなりませんな。」
弥勒は意味ありげに笑った。





一方犬夜叉は、かなり落ち込んでいた。
かごめが怒っているのは、たぶん、そのー結果的に口付けになってしまったからだ、
と彼は問題点を分析していた。
そんなに、俺と、その、ああいうふうになるのが嫌なのかよ。
彼の思考はもっぱらそっちの方へ向かっていた。
夢幻城では、あいつからしたくせに・・・そのおかげで俺は正気に戻れたんだが。
その点では、自分はかごめにいくら感謝してもし足りない。
彼女がいかに自分にとって大きな存在かを、身をもって再確認した瞬間でもあった。
けどよ・・・ 俺はいつでもあいつを抱きしめて、口付けたいと思っていた。
それをああいうかたちで先を越されたというか、
自分からできなかったということが、正直言って、ふがいなくもある・・・
だから、次こそは俺から口付けるんだと思ってたのに。
「何も、あんなに嫌がることねーじゃんかよ!」
不測の事態で、あの怒りようだ。とても俺からなんて・・・
犬夜叉のためいきが、またひとつ空気に溶け込んでいった。





「犬夜叉―!」
名を呼ばれて振り向くと、そこに七宝が立っていた。
「なんだ、おまえかよ」
「おらで悪かったなっ!」
七宝は明らかに気を悪くしたようだった。
「なんか用かよ。」
犬夜叉は不機嫌だった。
いつもなら、こういう時のヤツには近寄らんのだが、今日は仕方ない。
かごめのためじゃ。おらが大人にならねばと、気を取り直して七宝は言った。
「かごめが向こうの沢に水を汲みに行ったのじゃが、
あの場所は巫女の魂を喰らう妖怪が出るから危険じゃと楓おばばが・・・」
「なんでそれを早く言わねえっ!」
七宝の言葉を最後まで聞き終わらぬうちに、犬夜叉はすっ飛んで行った。
「はあ、まったく、子どものおらに気をつかわせおって。
これでよかったんじゃろうかのう・・・弥勒の言うとおりにやったんじゃが」
七宝は遠くなって行く犬夜叉を見送りながら、呟いた。





その少し前。
「かごめー」
七宝は、いつものように駆け寄って、かごめの肩にぴょこんと飛び乗った。
「かごめ、最近元気ないのう・・・
また犬夜叉のヤツが無神経なことを言ったのではないのか?」
かごめは、七宝を腕の中に抱きとると、すまなそうに言う。
「ごめんね、七宝ちゃん。心配かけて・・・」
間近で見るかごめは、ほんとにきれいじゃ・・・犬夜叉にはもったいない。
ここはやはりおらがかごめを支えてやらねばと、使命感に燃えて七宝は言った。
「こんな時にこんなことをかごめに言うのはどうかと思うのじゃが、
さっき犬夜叉が向こうの沢に水を汲みに行ったきり戻って来ん。
楓おばばが言うには、あそこにはひどい瘴気を発する草の群生があって、
犬夜叉はぶっ倒れておるんではないかと・・・」
途端にかごめの顔色が変わった。
「そんな・・・浄化しなくちゃ・・・!」
かごめは七宝をいささか乱暴に地面に下ろすと、替わりに側に置いてあった弓矢をひっつかみ、
「七宝ちゃん、知らせてくれてありがとね!」
と、取ってつけたように言って、七宝が指さした方向に走り去って行った。
「かごめ、そんなにおらを邪険に扱わんでも・・・」
なんだか割りにあわない七宝だった。





かごめは懸命に走った。
先ほどまでのわだかまりも、彼の身に危険が迫っていると思うと、
嘘のように消えていった。
犬夜叉!犬夜叉!犬夜叉―!
夢幻城での状況が、頭の中に甦ってくる。





あの時も、あたしは必死だった。
あんたを永遠に失ってしまうんじゃないかと、必死だった。
あたしはいつだって、ギリギリにならなきゃ大事なことに気付かない。
あの時も、ただあんたをつなぎとめたくて、気がついたら自分から唇を合わせてたの。
あれが、せいいっぱいのあたしの気持ちだった。
なのにあたしは、2回目のキスは絶対あんたから・・・して欲しいって・・・・
最初のキスがあたしからだったことに妙にこだわって、
まるであたしばかりがあんたを追いかけてるような気がして。
よかった。
あたしはもう少しで、最初のキスの思い出を汚してしまうところだった・・・
キスしたいのなら、自分からすればいいの。
あの時のように。
待ってて!待ってて!今行くから、待ってて!





かの沢に、先に到着したのは犬夜叉だった。
普通なら息があがるような距離を駆けたわけではないのに、彼は肩で息をしていた。
それだけ憔悴していることに自分自身、気がついていないくらい、
彼は恐怖心に囚われていた。 かごめの身に危険が迫るという、恐怖。
覚えのある、その恐怖感がひたひたと音をたてて押し寄せて来る。
どこだ!どこにいる!おまえの匂いがわからねえ!
犬夜叉は闇雲にかごめの匂いを求めて、いたずらに石を砕き、水を割った。
だが、彼女の姿は見えない。
ちくしょう・・・!
もしこのままおまえを見つけられなかったら・・・
その先を考えられる勇気は犬夜叉にはなかった。
俺はいつだってギリギリにならなきゃ、大事なことに気付かない。
ちっぽけな自尊心に囚われて、俺は自分に正直になれなかった。
嫌われたくないと、答えをおまえに委ねて、
口付けたいなら、そうすればよかっただけのことなのに!
やるせない後悔ばかりが身の内をのたうちまわる。
もうこれ以上は耐えられないと思った、その時。







「犬・・・夜叉・・・?」
自分の名を呼ぶ声とともに、懐かしい匂いが流れ込んできた。







「かごめ・・・」
自分の名を呼ぶ声とともに、懐かしい姿が目に焼きついた。







あとはもう、何がなんだかわからなかった。
二人はお互いの名を呼びながら、ただ懸命に走った。
早くお互いの処に行きたくて。
早くその存在を確かめたくて。
早くその体に触れたくて。
早くその唇に口付けたくて・・・







もつれた手足が邪魔だった。
二人を隔てる空気が邪魔だった。
それしかお互いを感じあう術を持たないかのように
二人は唇を共有した。
熱く
熱く
熱く。









最初のキスは あたしから
二度目のキスは 最悪で
三度目のキスは ・・・









「息ができねえかと思ったよ」
「ばかっ!」





++ コメント ++

comic leaf様にて4444hitとと言うことで、小説を頂きました。
リクエストは『初めての甘い恋』という内容でした。
ラヴラヴの二人を見たくてお願いしたのですが、もう感無量ですね!
最後の突っ込みがまた可愛らしくて大好きですvありがとうございました^^

♪:キミの元へ!/遠来未来

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