+++ 星と君。 +++

『特に異常は無さそうだ…戻るぞ』
『そうか、分かった』
『束の間の休息か…』
脳波通信で呟くように言い、口元を少し上げ笑うジェット。
『ああ、そうだな。ゆっくり休んでくれ』
アルベルトの気遣いが、穏やかな口調で分かる。



ジェットは、太陽の沈んだ後の闇の中を一通り見渡し、
敵の存在が無いことを確かめてドルフィン号に向かう。
昨日まで騒がしかった爆発音も、今は嘘のように静まり返っている。
ジェットのエンジン音だけがその静けさにそぐわない音を立てて。
そして、ほっそりと痩せ細った月とまばらに瞬く星がやけに寂しさを促してくる。
一旦宙で立ち止まり、寂しげな月を見やった。

「今にも消えちまいそうだな…」
寂しさを感じたくないがままに、わざと言葉にして呟いた。

ふと、触れると脆く壊れそうな月の足下に、
寂しげな月を思いやるかのよう寄り添う淡い光を放つ星に気が付いた。
その小さいながらも美しく輝く星に、懐かしい顔が重なった。


−あんたは…幸せか…?−


パーツさせ取り替えれば永遠の命があるこの俺が、
あんな儚げな女に一体何をしてやれただろうか。



俺は自分の体が憎らしいほどに嫌に思える時がある。
どんなにくたばりそうになっても生き返る俺は、
そんな自分が嫌で嫌で仕方なかったあの頃。
無性に無意味に感じられる山登りをしてみたくなった。
そこであんたに出逢ったんだ。

俺は誰かの為に何かをしてやろうなんて思う事自体、そう多くなかった。
あの街で育ち、あの空気に馴染んで、苦しい事が当たり前のように生きてきた。
自分が生きてゆくだけで精一杯のあの街で。


−今のあんたは、本当に幸せか…?−


俺とは反対に生きてきたあんたの周りには、
与えられる物全てが自分の身を守る為の金であったり、代物であったり、食物だ。
何不自由なく生きてきた奴だと、ただ最初の印象だけで俺はそう思えた。

だが実際は違った。生活するには全く不自由なく育ってきたが、
それを続けて行けるだけの生命の糸の太さがない事に気付いていたんだ。
死を目前にしても笑顔で答える姿に、あんたの強さを感じた。
話を聞けば、掛け替えのない家族も失っていた。

あれは…俺にとって恋だったのか?
あいつは通りすがりのこの俺を一瞬でも愛したと言うのか?
育った環境のまるで違う二人、死なない男と命の絶える寸前の女。


−あんたは星になった。病と言う縄を解いて自由になったんだ−
−自らの命を絶って−


胸に何かが込み上げてくるのが分かった。
が、気付きたくはなかった。目に光るモノを滲ませたくなかったのだ。
けれど自分の感情がこんなにも素直に表れてしまうのは、
何かに取り憑かれてしまったのかと思わざる終えない自分がいた。
視界を遮らんばかりの雫を吹き飛ばすかのように、一段とエンジン音を唸らせた。



〜幸せよ…人を愛する事も無いと思っていたわたしが、あの時〜
〜あの一瞬でもあなたの事を愛していたのだから〜


自らの大きなエンジン音の僅かな隙間から、女の声がうっすらと聞こえたような気がして、
背中から近付くでも遠ざかるでもない儚い光の月の足下で、賢明に輝く星に振り返った。
間違いなくあいつはそこで微笑んでいた。俺に感謝の言葉を光に乗せて伝えている。
俺は何もしていないのに…俺はあんたの側に、たまたま居合わせただけの男なのに…。
それでも彼女は微笑みながら「ありがとう」と淡い光に運ばせている。


〜あなたが見せてくれた、あの白い景色は忘れないわ〜
〜目の奥に今でも鮮明に残っているの〜
〜光に包まれて冷たい風を切って、温かいあなたの腕の中から見たあの景色を…〜

「俺は何もしていない。ただそれくらいの事しか…」 
言いかけて言葉を飲み込んでしまった。
 
〜わたし、あなたにもう一度逢いたかったの。また逢えて嬉しいわ〜

目を細めて微笑む彼女の姿に見とれ、思わず釣られて言葉に出そうになった。
「俺も…」
(な、なんだって!?何を言おうとしてるんだ俺は!!
あいつに逢いたかったのか?この動揺は一体何なんだ!?)
自分の気持ちの整理が出来ていないのか、少々慌てた表情を見せるジェット。

〜いいの。あなたがわたしの事を覚えていなくても仕方のないことだわ〜
〜光にしたらパッと消えてしまうくらいの、たったそれだけの出来事なんだもの〜

(いや違う。忘れていたんじゃない。何故、俺はこんなに焦っているんだろう。
俺もあいつの事を一瞬でも愛していたというのか…?)

〜忘れないわ、絶対に…絶対に…。ありがとう、ジェット〜

「ま、待ってくれエヴァ!」
(俺はまだ、何もあんたに伝えていないんだ!
頼む待ってくれ…)


流星と共に彼女の姿は光の筋となり、優しい笑顔をぼんやりとさせてながら消えた。
ジェットは彼女が消えていった先に手を伸ばすかのような姿勢のまま、
何もなくなった空間を見つめてる。
最後の光に運ばれて、切ない言葉がジェットの元に辿り着いた。


−本当にありがとう、ジェット。さようなら、わたしの愛しい人。

「さようなら…エヴァ」

儚げに光る月の明かりに、ジェットの頬がキラリと光った。
(俺は幻を見たのか?それともあれは本当にエヴァだったのか?)
今にも折れてしまいそうな月の足下には、淡い光を放つ星が柔らかな弧を描いている。
その星を見つめ口元をキュッと締め、体を向き直して再びドルフィン号へ向かった。


「明日、あんたの眠るあの山の氷河へ行ってみるよ。
俺もまた、何でもない一人の人間として山を登ってみたい。
まぁ、敵が現れない事だけを祈っておくれよ、エヴァ」



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