2月14日。
彼女達がよく立ち寄るファーストフードの店内では
カップルが普段よりよりも多く見受けられる。
その中で、彼女達4人組が何やらうきうきとはしゃいで
会話を弾ませていた。
「ねぇ、かごめ。チョコ誰にあげるの?」
「え??」
「やっぱり、あの不良の彼氏?」
「え??」
「違うわよねぇ〜。勿論北条君でしょ!!」
「ね?か・ご・め♪」
「え?え?ちょっと待って。チョコって・・・」
「やだぁ!!忘れてたの?今日はバレンタインデーよ!」
「えええええええっっっっ!!」
「やだ、ホントに忘れてたのね!」
「あ、あ、あ、ごめん!!あたし急いで帰るわ!またねっ」
そう言うと、一口かじったばかりのハンバーガーを
テーブルに無造作に置いて、飲みかけのオレンジジュースを
一気に飲み干した。
そして、息を付く間もなく店の外へと駆けだした。
やだ〜急いで材料買って帰らないと!!
あ〜もうっ!何でこんな大切なこと忘れてたのぉ〜。
バカバカバカバカ。喧嘩なんてしてる場合じゃないじゃない。
喧嘩・・・そうだ、喧嘩してるんだった。
だったらあげなくてもいいんじゃない?
あ〜ダメ!!折角だもん。あげたい!あげたいあげたい!
でもでも〜どうしよう・・・間に合うかな〜〜!?
「かごめは遅いのぉ・・・」
七宝がたまらず口を開いた。
「そうだね、いつもなら二晩もすれば戻ってくるのにね」
珊瑚も七宝に賛同する。
「のぉ、犬夜叉。迎えに行かなくてもよいのか?
まさか・・・また喧嘩でもしたんじゃ・・・?」
ついには七宝、核心をつく。
「うるせぇ!ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇっ!!」
ゴチン☆
「きゃーーーーいぬやしゃがぶったーーーー!!」
余計な事を言わねば、痛手を負うこともないのだが・・・。
こういった場面は、日々よく目にする光景だ。
腕を組んでそっぽを向く犬夜叉は
焦りの色を隠すことが出来ない。
この余裕のなさも、またいつものこと。
夜も帳が下りる頃、犬夜叉は追っ手をしのいで
骨喰いの井戸まで駆け寄った。
もっとも、予想通りの行動のため、
追っ手からは逃れることは出来ないのだが。
「やっぱり、かごめのことは気になるんじゃな」
「しっ!犬夜叉の足を止めさせてはいけませんからね」
「うん」
木々の隙間から、月明かりによって映し出された
三つの人影が見え隠れしている。
「よし、誰もいねぇな」
鼻の利く犬夜叉もかごめの事で頭が一杯なのかちっとも気付かない。
そして、勢いよく井戸の中へと飛び込んだ。
「あ〜・・・ダメだ。またふくらまない」
なにやらキッチンでは悪戦苦闘のかごめの姿。
エプロンには白い粉がたくさん付着しており、
テーブルの上にはいくつものスポンジケーキのような固まりが
ゴロゴロと転がっている始末。
買ってきた材料もわずかとなってしまった。
「お願い!!今度こそ!!!」
甘い香りの漂うオーブンの前。
両手を胸の前で組み合わせてたたずむばかり。
歯切れよい電子音が焼き上がりを告げる。
オーブンの扉を緊張した面持ちで、そっと開けてみる。
甘い香りは焼き上がったばかりの熱で、
先程よりも、一層そのかぐわしさを増していた。
「ん〜いい匂い。今度は上手くいったわ」
そういって、片手に取ったレシピに目を移した。
表紙には『とっておきのバレンタイン』と書かれている。
かごめが目にしているページには、見ているだけで甘くとろけそうな
艶やかなチョコレートクリームのかかったケーキが彩りよく載せられていた。
「よし。荒熱を取るのね。
その間に、チョコレートクリームを、と」
泡立て器を握りしめ、白く香り豊かな生クリームをホイップする。
「砂糖を少しずつね。それとバニラエッセンス・・・」
キッチンの外れには弟の草太が香りに誘われてやってきていた。
「ねえちゃん、いい匂いだね!ちょっと味見させてよ」
「ダメよっ。まだ出来てないんだから。あ、その辺のなら食べてもいいわよ」
指をさしたのは変形した不格好なスポンジの山。
スポンジというか固まり。
「これ・・食べられる・・・の?」
恐る恐る手に取る草太の言葉に、
かごめの胸中は穏やかではなくなった。
「何よ〜失礼ね!形は変だけど味は・・・いいんだから・・・」
焦りの色を隠せば隠すほど、手元が狂う。
折角ホイップしたボールがするりとかごめの手を抜けて
床にひっくり返ってしまった。
ガチャン☆
「あ〜〜〜〜っっ!!」
「じゃ・・じゃあ、ねえちゃん・・がんばってね・・」
そして逃げるように草太はキッチンを後にした。
「あら、かごめまだやってたの?」
草太と入れ違いにかごめのママがキッチンへとやってきた。
後光が差すとはこういう状態なのか、と、かごめは思った。
「ママっ!!」
「あらあら、こんなに広げちゃって。しょうがないわね♪」
などというママの言葉は、何処かうきうきと弾む娘御のようにも思える。
ママの手助けにより、作業は先程よりうって変わってはかどる。
まるでレシピのチョコレートケーキが
本から飛び出したかのように目の前に飾られた。
「ママ、ありがとう!」
「良かったわね。かごめが頑張ったからよ」
用意しておいた箱の中へと、それを収める。
足取りも軽く部屋へ戻り、いつもの制服へと袖を通した。
「犬夜叉、喜んでくれるかな?
その前に・・・仲直りしないと・・・」
時刻は間もなく、午前零時をさそうとしていた。
「時間・・・間に合わなかったな・・・」 そう呟いたかごめは、ふくれっ面の犬夜叉を思い浮かべた。
「かごめのやろ〜。ひとこと言ってやらねーと気が済まねえ!」
ガラッ!「おいっ!」
「きゃっ!!」
大きな声と共に窓から入ってきた犬夜叉と同時に、
かごめは今し方出来たばかりのチョコレートケーキの入った箱を
持ち上げたところだった。
が、その手には箱は無く、足下に無惨にも角が潰れた箱が転がった。
「おい、おせーじゃねぇかよっ」
「・・・・・・・」
「おいっ、何とか言えっ・・・・・・・・て・・・」
落ちた箱を見つめ、顔を上げないかごめの肩に
恐る恐る手をのせた。
「おい?」
「・・い」
「あ?」
「ひどい・・」
「ん?」
「ひどいっっ!!!」
顔をあげたかごめの大きな瞳は、今にも溢れそうに涙で一杯になっていた。
それを見て犬夜叉はたじろぐ。
言葉に出来ずあたふたと取り繕うとするが、原因が分からない。
転がった箱を手にして頭を掻きながらその場を取り持った。
「こんな箱が潰れたくれーで泣くなよ・・・」
その言葉に込み上げてくる怒り。
震える手に力を込めて大きな声を張り上げた。
「犬夜叉の・・・バ・・カーーーーーーっ!」
そして、かごめはそのまま外へ飛び出してしまった。
草太が心配してかごめの部屋を覗き込むと、独り取り残された犬夜叉が、
訳が解らないと言わんばかりに立ち惚けていた。
「あのね、犬の兄ちゃん」
「何だ草太か・・・」
「あのね、それね、ねえちゃんがすごく頑張って作ってたんだ。
ケーキって言うお菓子なんだけどね」
「けーき・・・?」
「うん。今日はね、バレンタインデーって言って、
女の子が好きな男の子に贈り物をするんだ。
だから・・・その・・・それはねえちゃんが・・・・」
「好きな・・・・」
犬夜叉は潰れた箱を開け、崩れたケーキのクリームをひと舐めした。
そのまま一瞬黙り込んだかと思うと、かごめを追って窓から飛び出した。
「かごめーーーーーーっっっ!!」
二月の夜の風は、頬を切り刻むように冷たかった。
寒さに気付く前に飛び出したかごめは、近くの河川敷へと辿り着いていた。
まだ乾かない涙を拭って、冷えた体をさする。
「犬夜叉のバカ・・」
行き場所を見失ったようにうつむくかごめの背中に
ふわりと暖かな風が横切る。
犬夜叉の鼻と足を使えば、かごめの居場所は
いとも簡単に見つけだすことが出来た。
「ほら、着てろ」
不器用に掛けられた火鼠の衣は、犬夜叉の体温が残っていて、
とても温かかった。
けれど、素直に喜べないかごめ。
「その・・・。・・・悪かったな・・」
意外にも先に折れたのは犬夜叉だった。
「え?」
「草太から聞いた。なんだか頑張って作ってたみてーだな」
「・・・・・・」
「・・・俺の・・・為に、か?」
頭だけこくりと頷く。
「そうか・・」
続く沈黙。
どのくらい風の音と車の通り過ぎる音だけがながれただろうか。
寒さが体の心まで伝わったかごめが小刻みに震えていた。
「さみーのか?」
「ちょっと、ね」
かごめがそう答える間もなく、犬夜叉の手がかごめの肩に寄せられた。
体の左半分に犬夜叉の温もりを感じ、右肩まで伸びた腕に
神経が集中する。胸の鼓動が高鳴る。
寒かったはずの体が、じわじわと熱くなる。
相変わらず続く沈黙。
声を発してしまったら、この緊迫が解かれる。
何故かそれが怖かった。
どうしよう・・何か言わないと・・でも・・・でも・・・・・。
寒くなったから帰ろっか。寒くなったから帰ろっか。
寒くなったから帰ろっか・・・・・。
心の中で練習してみる。
よし!言うわよっ!
「ねぇ、犬夜叉、寒くなったからそろそろ・・・」
その後、何が起こったのか解らない。
ただ感じるのは唇に何かが触れている。
・・・温かくて柔らかくて・・甘い・・・。
ん?甘い??
そこで我に返る。
これってチョコレートの味じゃない??
・・・あ、食べてくれたんだ。
すごく安心した。こんなに安らぐなんて・・・。
言葉なんていらない。
ううん。寧ろ、犬夜叉の気持ちが触れる肌から伝わってくる。
冷えた体を包み込む太い腕に、守られているんだって実感する。
冷たい風にも熱が伝わってしまいそうに頬が熱くなる。
やっぱり・・・あたし、犬夜叉が・・・犬夜叉が・・・・・・
大好き。
抱きしめる犬夜叉の腕に力がこもる。
2月15日・・・1日遅れたバレンタイン。
二人の心はまた一歩近付いた。
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