+++ 蒼い時間 +++

チッチッチッチッチッチッチッチッチッチ・・・・・

僕は、時計の秒針の音が耳障りで、眠れずにいた。

チッチッチッチッチッチッチッチッチッチ・・・・・
チッチッチッチッチッチッチッチッチッチ・・・・・
チッチッチッチッチッチッチッチッチッチ・・・・・

「あーダメだ。気になる・・」
ベッドから勢い良く飛び上がると、サイドボードに置かれた時計を
掛け布団にくるんで放り出した。

そのまま静まり返ったリビングに足を運んだ僕は、一瞬・・・人魚を見た。
窓の外に座り込んで、優しく流れる潮風を受け、亜麻色の髪を靡かせる。
それは青い月の明かりを浴びた、君の後ろ姿だった。

「あら、ジョー。どうしたの?こんな時間に珍しいわね」
「君こそ、こんな所でどうしたんだい?」
「何だか、眠れなくて」
「何か気になる事でも?」
「そう言う訳じゃないんだけど。あんまりお月様が綺麗だったから」
「そうだね。綺麗だね・・・」

「ジョーはどうしたの?」
「僕も月が綺麗だったから」
「うふふ。嘘ばっかり」
「あはは・・・・」

「隣、良いかな?」
「ええ」

それから僕らは静かな波音を聴きながら、
一言も声に出さずに雲一つない澄んだ星空を眺めていた。
そして幾つかの流星が、僕らの目を楽しませてくれた。
当たり前のように流れるこの時間(とき)に、感謝した。


僅かな物音すら聞こえない、動かない凍り付いた時間。
あの時、僕だけが独り、別の空間で時を過ごしていた。
動く物も無く、話し相手も、風さえもそよぐ事がなかった。
孤独な時間。

君の美しい蒼い瞳も、瞼を閉じてしまえば、僕の中での数日間は見る事が出来なかった。
側に居るのに、遠すぎて・・・・。
気が狂いそうになるのを抑えるのが精一杯で、後はもう・・・空白でしかなかった。
僕は孤独に慣れているはずだったのに。

混血児と言われ続け、心を閉ざす事で自分を守ってここまで生きてきた。
だから、今更たった独りになったとしても・・・。

彼らに・・・逢うまでは。
そして、君と出逢うまでは。


「ジョー?何を考えていたの?」
「え、いや・・・何も」
「じゃ、わたしが当ててあげましょうか?」
「え?君が?イワンじゃあるまいし」

君は僕の瞳をじっと見て・・・僕は君の瞳に映る僕の姿を確認しつつ、
蒼い瞳に吸い込まれそうな思いで、君を見つめていた。

「分かったわ」
「え?本当に?」
「ええ、もちろん!」
そう言って得意げに鼻を高くさせた。
「それで?何が見えたの?」
「ふふっ、内緒よ」
「なんだ・・・実は見えてないんじゃないか・・」
「分かったわよ、ちゃんと!」
「だから、何が?」
「内緒よ!」

そして君は浜辺まで走り出した。
慌てて僕は君を追い掛ける。
君を捕まえようと、必死で岩陰を見渡す・・・。

「フランソワーズ、何処だい?」

見当たらない・・・また僕は孤独の時間を過ごすのか?
出てきておくれ、僕の前へ・・・。
その姿を、現しておくれ・・・フランソワーズ。

静かな波の音と鼻を擽る潮風の香りが、僕を包み込む。
あの時とは違うんだ・・・。
時は動いている。
僕らと共に・・・。
いや、僕が時に合わせているのかも知れない。

この時間を、当たり前のこの空間を、僕は愛して止まない。
君と過ごす、たった今のこの瞬間を・・・。

「フランソワーズ!」
浜辺を華麗に飛び交う蝶のように、君は踊っていた。
青い月の光を浴びながら。
時には人魚のように・・・時には花のように・・・時には蝶のように・・・。

もう・・・寂しく暗い孤独は要らない、独りは嫌だ。
彼らと出逢えた喜び、君と出逢えた奇跡。
僕は魂と引き替えにそれを手放す事は無いだろう。
サイボーグでも構わない。
僕は戦い続ける。
僕らを引き裂く物の全てを、僕らの生まれたこの地球を、僕らを包むこの宇宙を・・・。
守り抜く為に、僕は戦い続けるだろう。

「ジョー、ここよ」
一瞬吹き抜いた強い潮風に、柔らかな髪を取られ、目を閉じた君を
僕は決して離す事は無いだろう。
やっと捕まえた、僕の愛しい人・・・。

――― フランソワーズ ―――

「あなたは・・独りじゃないわ・・・」
僕の腕の中で、君は呟いた。
君は、イワンより何もかもお見通しなのかも知れない。

ああ、そうだ。
後で時計を元に戻しておかないといけないな・・・。


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